第31回 浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル
昨年に記念すべき30回目を迎えた「浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル」。30年の歴史の中で多くの若き才能が飛躍的なステップアップを果たし、今では日本国内のみならず世界で活躍するアーティストへと成長していった。そして、今年も世界の錚々たるアーティストを講師陣に迎えたレッスンがみっちり5日間受講できる「アカデミー」と、講師陣たちも出演する「フェスティヴァル(コンサート)」で、充実のプログラムが組まれた。クラリネット専攻の講師にはフィレンツェ五月音楽祭管弦楽団首席のリッカルド・クロッシーラ氏が迎えられた。
(取材・文:谷川柚衣/写真提供:ヤマハ株式会社)
<Academy>
8月5日から開講した各楽器のレッスン。クラリネットの講師は、フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団で首席奏者を長年務め、室内楽やソロでも世界中で活躍する、リッカルド・クロッシーラ氏だ。氏のクラスは終始アットホームで和やかな雰囲気の中で行なわれた。
筆者が最初に聴いたのはロータ『ソナタ』。受講生を見守るように演奏を聴いていたクロッシーラ氏だが、音の間違いなどは見逃さずに瞬時に指摘。楽譜を見ずとも指示していたことから、すべて氏の頭の中に音楽が存在するのだろう。受講生もその指導に即座に反応し、演奏の精度を上げていった。このあとのレッスンでも言えることだが、クロッシーラ氏はレッスン内で、実際に自らが吹いて聴かせる場面が多く、それはどんな演奏が音楽的であるか、また聴き手の立場になったときにどう聴こえるのかを、実演をもって伝えていたように感じる。今回のように一流の奏者の演奏をすぐ隣りで聴くことができる機会は、マスタークラスや、こういったアカデミーでない限りなかなかない。コンサートで演奏を聴くことはもちろん楽しいが、プロを目指す・プロとして活動している受講生たちにとっては、近くで見て聴くからこそ得られる発見も多いのではないだろうか。
また第1楽章のアルペジオの部分では「テクニックを見せる場所ではない」と、多くの人が技術面の練習に走りがちになってしまう場面ならではの言葉や、第2楽章では替え指の提案、第3楽章では曲の方向性を明確に導くなど、受講生や聴講生が今後の演奏に生かしやすいであろう充実した内容だった。
続いてモーツァルト『クラリネット協奏曲』。受講生2名の演奏を聴いた。この時のレッスンでは音の扱い方や旋律の歌い方について触れ、例えば、ソリストの印象を決めると言っても過言ではない、ソロ・パートの1音目は「アクセントにならないように」、アルペジオが出てくる場面では「最後の一音(4分音符)が開きすぎないように」など、細部に見えて曲の仕上がりに大きく影響する内容ばかり。そして日々の練習にも言及し、モーツァルト作品にはスケールがたくさん出てくることから、基礎練習でスケール、トリル、アルペジオを練習することの大切さを説く。前日のオープニングコンサートでも顕著に感じた、同じ場所で吹いているにも関わらず、遠近感を感じるほど立体的な表現力を持つクロッシーラ氏。氏の言葉や演奏には、絶大な説得力がある。この日、レッスン会場で間近に聴いてみても、テクニックの敏捷性やニュアンスの豊かさがとてもよく感じられた。「指が回っていても息がちゃんと入っていなければ聞こえない。喋ることと同じだ」と話す氏の息遣いも、レッスンではよく感じることができた。
またクラリネット奏者にとって重要なリード選びについては「重いリードで練習せず、自由に吹けるリードを選ぶこと」を受講生に伝えた。実際レッスン時にも、受講生が使用するリードについて「本当にそのリードで良いの?」と、問いかける場面もあった。この指摘を受け、改善を試みた受講生の演奏にはとても良い変化があり、氏のこの一言があったことでレッスンの充実度が変わったことと思う。プロを目指す受講生たちにとっても、一つの指針になったことだろう。
最後に聴いたのがウェーバー『クラリネット協奏曲』。奏者のテクニックも求められるこの作品では、フレーズの頂点への持っていき方、到達したあとの表現についてのレッスンが印象的だった。具体的な時間の使い方やテンポ、ピアノパートとのアンサンブルや和声にも注目する。これはクラリネット奏者でなくとも、他の楽器を演奏する方も勉強になりそうだ。
実演をみせるクロッシーラ氏は、ソロ部分の演奏はもちろん、ヴィルトーゾな一面を見せるカデンツァに至るまで、音の粒一つひとつが美しく聞こえ、その大きなフレージングは自然であり聴き手を高揚させ、音楽の流れを損なわない。よく「歳を重ねるごとに指が回らなくなる」なんて話を耳にすることもあるが、クロッシーラ氏においては当てはまらないのではないか?と思わずにはいられなかった。
和やかな雰囲気のレッスンではあったものの、受講生の真摯な姿勢や演奏からはクラリネットへの情熱を感じられ、積極的に質問する姿も見られた。またそんな受講生を含め聴講に訪れた方々も、非常に興味を持ちながら集中してレッスンを聴いていたように思う。参加した多くの人々にとって、より深く音楽表現を知ることができる、有意義な時間となったことだろう。
クロッシーラ氏のレッスン風景
通訳兼アドヴァイザーの山本梓さん(左)と伴奏ピアニストを務めた松浦真沙さん(右)に囲まれたクロッシーラ氏
<Festival>
第31回記念 浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル
〜一夜限りの夢の共演〜オープニングコンサート
[日時]8月4日(月)19:00
[会場]アクトシティ浜松 中ホール
[出演]アカデミー教授陣〈M.モラゲス(Fl)、R.クロッシーラ(Cl)、須川展也(Sax)、J.ベルワルツ(Tp)、L.カーリン(Tb)、G.ポコーニー(Tub)〉、篠原拓也(Ob)、古谷拳一(Fg)、國末貞仁(Sax)、泉谷絵里(Pf)、菊本和昭(Tp)、高橋将純(Hn)、齊藤一郎(Cond)、ヤマハ吹奏楽団
[曲目]【木管五重奏】ツェムリンスキー:ユーモレスク、イベール:3つの小品【サクソフォン二重奏】モリコーネ(山口景子 編):ニュー・シネマ・パラダイス メドレー、長生淳:パガニーニ・ロスト ~2本のアルト・サクソフォンとピアノのための~【金管五重奏】ケッツァー:組曲「こどものサーカス」より 小さなサーカス・マーチ、ラモー(フェルヘルスト 編):「ダルダニュス」組曲より4つの楽章、グリーグ(ハーヴェイ 編)ノルウェー舞曲第2番【ヤマハ吹奏楽団×アカデミー教授陣】ブートリー:生きる歓び、グレインジャー:コロニアル・ソング、レスピーギ(鈴木英史 編):交響詩「ローマの松」〈アンコール〉ワーグナー(ヴェスナー 編):双頭の鷲の旗の下に
オープニングコンサートの前半は、アカデミーの講師陣らによる室内楽のプログラムで、クロッシーラ氏を含む木管五重奏は2曲を演奏した。
プログラムの1曲目でもある『ユーモレスク』は冒頭、伸びやかなファゴットで始まり、クロッシーラ氏の柔らかい音色は彩りを添える。プロフェッショナルな奏者が集うアンサンブルは一体感が素晴らしく、躍動感も爽快だ。2曲目『3つの小品』では、クロッシーラ氏の旋律も伴奏形も役が早変わりするかのような巧みな演奏が印象的。第2楽章ではモラゲス氏のフルートとの対話も存分に味わった。そして遠近感さえも感じられる、クロッシーラ氏ならではの響かせ方、場面にあった音色ながら存在感を失わない繊細な表現には、心から感銘を受けた。
後半は“匠のバンド”ヤマハ吹奏楽団とアカデミー講師陣らとの共演。休憩後の1曲目の『生きる歓び』は熱量も高く華やかな幕開けを飾る。サックスの一音を皮切りに演奏されるアカデミー講師陣らのソロにも魅了された。続く『コロニアル・ソング』は打って変わって表情豊かなスローナンバー。穏やかな音楽を堪能したあと、最後の『ローマの松』へ。演奏者一人ひとりの曲への解像度が非常に高く感じられ、一丸となって音楽を作り上げる様子にこちらも高揚する。2階席まで豊かに響くクロッシーラ氏の演奏はここでも健在だ。クラリネットパートの統一感も精度が高い。後半のプログラムでは、ヤマハ吹奏楽団の方々が心から演奏を楽しむ様子に心打たれるとともに、そんな面々を演奏で牽引するアカデミー講師陣らに、経験の重みとプロの技を感じた。
ヤマハ吹奏楽団と共演するクロッシーラ氏
木管五重奏の演奏






