クラリネット記事 アリニョン氏との思い出、その魅力──日本より
  クラリネット記事 アリニョン氏との思い出、その魅力──日本より
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ミシェル・アリニョン追悼 ~In memory of Michel Arrignon

アリニョン氏との思い出、その魅力──日本より

日本国内において、同じ世代として共に歩んだ奏者、氏に学びを得てその背中を追った奏者は数知れない。そんなアリニョン氏と深い交流を持った奏者の中から以下の方々に、氏との思い出、そして氏の魅力についてのメッセージをいただいたのでここに紹介したい。
(掲載順不同、敬称略)

二宮和子 Kazuko Ninomiya

1967 Franceニース・シミエコンサート
曲目:ジャン・フランセ クラリネット・コンチェルト(世界初演)
オーケストラ:シミエ室内オーケストラ
指揮:ウーブラデゥス
クラリネット ソロ:ジャック・ランスロ
クラリネット オーケストラ:#1 ミッシェル・アリニヨン #2 濵中浩一
 
パリ・コンセルバトワール近くのカフェにて、2008年6月11日コンクール打ち合わせをするミッシェル・アリニヨン氏、濵中浩一氏、二宮和子氏
 

ミシェル・アリニョン氏を偲んで
親愛なる友、ミシェル・アリニョン氏との出会いは、クラリネット奏者として私の大きな宝物です。

特に忘れられないのが、ニースの夏期国際音楽アカデミーでの出来事です。私の夫である濵中浩一が、そこでアリニョン氏と共演いたしました。ジャック・ランスロ氏がソリストを務めたジャン・フランセのクラリネット協奏曲の演奏会で、オーケストラの中で濵中とアリニョン氏がクラリネット・セクションを共にしたのです。この貴重な機会が、私たちとアリニョン氏の最初の出会いとなりました。

その後も、ビュッフェ・クランポン社主催の欧日講座への招聘、そして何よりも、ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールの創設にご賛同、協力いただいたことは、忘れられません。
このコンクールは2012年に第一回が開催され、その後2年ごとに日仏で交互に行われ、次回は2027年に日本で開催されます。
コンクール立ち上げの数年前から、彼は私たちの熱意に深く共感し、実現に向けて積極的に尽力してくださいました。まだ資金も基盤も不確かな計画に対し、国際コンクールの実現を強く推し進めてくださったのです。彼の温かい支援と国際的な視野があったからこそ、私たちは大きな一歩を踏み出すことができました。

彼は、演奏技術だけでなく、奏者の「表現」や「内面」を何よりも重視する方でした。国籍や派閥にこだわらず、才能を広く受け入れるミシェル氏の姿勢は、多くの若手演奏家にとって大きな指針となりました。

彼の情熱と音楽への真摯な思いは、私たちの心に深く刻まれ、未来の世代へと受け継がれていくでしょう。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

二宮和子 Kazuko Ninomiya
桐朋学園大学音楽科卒業後、フランスに留学。ジャック・ランスロに師事する。10年後に帰国。帰国後は34回のソロリサイタルを開催し、フランス近現代の作品はもとより、世界の“知られざるクラリネットの名曲”や新曲を紹介。その活動は海外でも高く評価され、’89年にイギリスで出版された「今日のクラリネットの巨匠達~世界55人」に選ばれる。後進の育成にも力を注ぎ、桐朋学園大学、尚美学園ディプロマコース等にて指導し、優秀なプロ奏者を数多く輩出。2025年には、卓越した演奏家として、またフランス文化を日本に紹介、普及させた長年の活動が評価され、フランス政府より「フランス芸術文化勲章シュヴァリエ」受章する。現在、桐朋学園大学同窓会名誉会長、日本クラリネット協会常任理事、ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクール実行委員長。

 

 

横川晴児 Seiji Yokokawa

2014年、横川氏が音楽監督・指揮を務める軽井沢国際音楽祭にて、モーツァルトの協奏曲を演奏するアリニョン氏
 

ミシェルはパリ国立高等音楽院の先輩で、私がフランスで最初に師事したランスロ先生とミシェルが同じノルマンディー地方の出身ということで言葉を交わすようになりました。
当時パリ音楽院のクラリネット科の教授はセルマーのテスターであるドゥレクリューズ先生だったので、学生たちは皆セルマーの楽器を使用していました。そんななか、ミシェルと私だけがクランポンの楽器を使っていたことなどからとても親しくなり、私が日本に帰ってからもたびたびコンクールの審査員に呼んでもらったり、バカンス時には田舎の家で一緒に過ごしたりしました。
2014年に私が音楽監督を務める軽井沢国際音楽祭に招待し、私の指揮でモーツァルトの協奏曲を演奏してもらったのが最後の大きな思い出です。

クラリネット奏者としてのミシェルの魅力はなにより、それまでのフランス人奏者にはなかった、ソロでもオーケストラでも通用する充実した音色だと思います。また、古典から現代まで、どんな作品でも説得力のある演奏を可能にする安定したテクニックと、とてもフランス的なのにグローバルでもある演奏スタイルも彼の魅力だと思います。
私はこれまでずっとミシェルの存在を意識してクラリネットを演奏してきたのだなと、彼がいなくなって改めて感じています。
人間的にもとても素晴らしい人で、本当に残念で寂しい思いでいっぱいです。

横川晴児 Seiji Yokokawa
ジャック・ランスロ、ユリス・ドゥレクリューズ他各氏に師事。パリ国立高等音楽院をプルミエ・プリを得て卒業。東京フィルハーモニー交響楽団を経て、1986年より2010年までNHK交響楽団首席奏者。ソリストまた室内楽奏者としても内外で活躍。元国立音楽大学客員教授、軽井沢国際音楽祭音楽監督、習志野シンフォニエッタ千葉芸術監督、トート音楽院学院長、ビュッフェ・クランポン・ジャパン社専属テスター。

 

 

武田忠善 Tadayoshi Takeda

2018年のジャック・ランスロ国際クラリネットコンクール審査員コンサートでのデュエット演奏。クラリネット界で「伝説のプーランク」と語り継がれる一夜となった
 

アリニョン氏と初めてお会いしたのは、1991年のことでした。きっかけは、エリザベト音楽大学のベニテス学長から「国際セミナーでクラリネットの講師を招きたいので、誰か紹介してほしい」と依頼を受けたことです。
「ミシェル・アリニョンしかいません!」とお答えし、ちょうどアリニョン氏が来日していることを知っていたため、そのまま京都に赴いてご本人に直接お願いしました。快くお引き受けくださり、それ以来、2012年までの間に計8回のセミナーにご参加いただき、毎回1〜2週間にわたってご指導くださいました。

当初、私はレッスンの通訳としてセミナーに参加していましたが、途中からは生徒を2グループに分け、アリニョン氏と交互に指導するようになりました。さらに彼は、私を3度パリ国立高等音楽院に招いてくださり、マスタークラスを開講する機会を与えてくださいました。教育者としての交流は長く続き、レッスン後には夜遅くまで互いの学生をどのように伸ばすかを語り合ったものです。通訳やそうした対話を通じて、私は彼の深い人間性に強く惹かれました。

アリニョン氏は、どんなときも優しく温かく、細やかな気配りを欠かさない方でした。学生を指導する際には、演奏面だけでなく、その人の内面や生活の一端にまで思いを寄せ、音楽を通してその心に寄り添う姿勢を持っておられました。その姿を目の当たりにし、「自分もこのような教育者でありたい」と常に感じていました。

演奏家としても、彼はまさに真のプロフェッショナルでした。どんなシーンでも一切妥協せず、常に全力で音楽に向き合う。その姿勢は、一緒にステージに立つたびに私の胸を打ちました。
2018年のジャック・ランスロ国際クラリネットコンクールでは、私たちはともに審査員を務め、最終日の審査員コンサートでプーランクのデュエットを演奏しました。
「これが審査員の演奏だ」と若い参加者たちに示すため、開催期間の1週間、アリニョン氏の提案で、毎朝8時からホールの楽屋でデュエットの練習を重ねました。前夜に会食があって遅くなっても、彼は必ず時間通りに現れ、「まずはゆっくりからさらおう」と、まるで基礎練習のようなテンポで始めるのです。その姿勢に、音楽への誠実さと真摯な探究心を感じずにはいられませんでした。

私はこれまで多くの素晴らしい師に恵まれましたが、最も大きな影響を受けたのは、間違いなくミシェル・アリニョン氏です。お会いするたびに、互いを「兄弟」と呼び合い、友情を超えた絆を感じていました。

武田忠善 Tadayoshi Takeda
1975 年国立音楽大学卒業、その後フランス国立ルーアン音楽院にて巨匠ジャック・ランスロの許で研鑽を積み、同音楽院にて一等賞を得て卒業。1977年パリ・ベラン音楽コンクール第一位、78年第47回日本音楽コンクール第一位、続く第35回ジュネーブ国際音楽コンクールでは日本人初の入賞をはたし銅メダルを受賞。古典から現代音楽に至る幅広いレパートリーを持ち、楽器の可能性をも越えた甘美な音楽性とその妙技により多くの人々を魅了し続けるとともに、我が国最高峰のソロ・クラリネット奏者として、その地位を不動のものにしている。教育面においても、多くの逸材を育てる他、パリ国立高等音楽院教授ミシェル・アリニョン氏の招きに応じて同音楽院において東洋人クラリネット奏者としてはじめて、マスタークラスを行う。その他、アメリカ、シンガポール、韓国、台湾、スペインに招聘されるなど、正統なフランス派を伝える事の出来うる数少ない演奏家、教育者である。国立音楽大学前学長。現在、同大学招聘教授。エリザベト音楽大学客員教授。

 
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