アリニョン氏との思い出、その魅力──日本より
松本健司 Kenji Matsumoto


アリニョン氏との思い出
Coucou Kenji,
Triste nouvelle, Michel ARRIGNON est mort ce matin...
(やぁケンジ、悲しい知らせだ、ミシェル・アリニョンが今朝亡くなった…)
音楽院同期のアレクサンドル・シャボくんからの連絡でした。
「家族のみんなは元気か?」といつも気にかけてくれたミシェル、もう会えないということが理解できずに、なぜか悲しい気持ちにもならずに、3月12日以来何かが止まったまま時間が過ぎていました。
10月にルーアンに行ったときに、同期の吉村直子さんからミシェルの葬儀の様子を聞いて、ようやくミシェルの死を受け入れることができたように思います。
いちばんの思い出はミシェルの家で一緒に料理をしたことです。マヨネーズを作ったり、「デザートにクレープを作ろう!」と慣れた手つきで材料を混ぜ合わせて器用にクレープを作るミシェルの姿は、レッスン室では絶対に見ることができない貴重な一面で、公私共にたくさんの時間を過ごしました。
これから私たち教え子にできることはそれぞれがしっかり活躍すること。それがミシェルへの恩返しになるでしょう。
À bientôt, Michel !!
アリニョン氏の魅力
ミシェル・アリニョンさんの魅力は表現の幅広さです。また、作曲家の様式感を尊重し、時代による表現の変化にとてもこだわりを持っていたので、コンクール前に様々な作品のレッスン受ける際は「作品による演じ分け」を強く求められたことを覚えています。ダイナミックレンジも非常に広く、究極のpppから壮大なfffまで使い分けることを求められます。ミシェル・アリニョンの登場によってフランスのクラリネット界が激変したと言っても過言ではないでしょう。
自分に厳しく、他人に優しいミシェルの人柄は大変温厚ですが、レッスン室では毎回熱量の高いレッスンが繰り広げられておりました。求めるところが高いところにあるので、学生たちの妥協点も自ずと高くなるのです。
ミシェルの近くでたくさんのことを学び、試すことができた結果が今の私だと思います。ミシェルは何も言わなくとも「演奏家はこうあるべき」という空気を感じられる貴重な存在でした。
松本健司 Kenji Matsumoto
パリ国立高等音楽院クラリネット科を“レオン・ルブラン特別賞”を得て卒業し本格的な演奏活動を始める。クラリネットを角田晃、濱中浩一、二宮和子、竹森かほり、ミシェル・アリニョン、ジェローム・ジュリアン=ラフェリエール、アラン・ダミアンの各師に、室内楽をダリア・オヴォラ、ピエール=ロラン・エマール、ジャン=ギアン・ケラスの各師に師事。第6回日本木管コンクール、第4回日本クラリネットコンクール、第22回トゥーロン国際音楽コンクールにおいて上位入賞後、2002年にNHK交響楽団に入団。室内オーケストラARCUS、トリオ・サンクァンシュのメンバーとしても活躍している。
NHK交響楽団首席クラリネット奏者、洗足学園音楽大学教授、東京音楽大学特任教授。

亀井良信 Yoshinobu Kamei

アリニョン氏との思い出
彼のもとで学ばせてもらえ、そこでもらえた言葉は大切な宝物です。思いが強すぎて言葉に表すことができませんが、音楽に一番大切な美しさ自然さをアウトプットする方法、そして演奏技術を的確に指導し与えてくれたことに感謝しかありません。
アリニョン氏の魅力
今も耳に残っている柔軟で包み込むような音色、圧倒的な音圧そして豊かな音楽。
亀井良信 Yoshinobu Kamei
名古屋市生まれ。桐朋女子高等学校音楽科を卒業後、渡仏。ブーレーズに認められ、騎馬オペラ団ZINGAROのソリストを務めた。2003年帰国後はソロ、室内楽奏者 として活動している。CD「Rhapsodie」「Cantabile」「Romanze」が「レコード芸術」特選盤に選ばれており、2025年にはオクタヴィアレコードより自身4枚目のアルバム「ブラームス:クラリネット・ソナタ集」をリリース。
第16回出光音楽賞、2005年度アリオン音楽賞を受賞。 桐朋学園大学教授。

吉野亜希菜 Akina Yoshino
2025年1月末にアリニョン氏から届いた、アリニョン氏が住んでいた街のポストカード
一緒にThe Clarinetの表紙を飾った
東京のビュッフェクランポン社にてフローラン・エオー氏とアリニョン氏と一緒にアリニョン氏との思い出
パリ国立高等音楽院、在学中の話です。
父の仕事の関係で二年生へ進級するころ、仕送りが貰えなくなってしまいやむを得ず「学校を辞めて帰国します」とアリニョン氏へ話をした時の出来事です。
先生は大変親身になってくださり学校側へ話をしてくださいました。そのおかげで特別に生活一時援助金を受け取ることができました。急に用意することが不可能だった生活費をいただくことができた為、急遽帰国せずに勉強を続けることができました。
あの頃の自分を支えてくれた友人やクラスメート、先生方、親身になって応援してくれていた沢山の方から精神的にも、経済的にも助けてもらえたおかげで学校を卒業できたと言っても過言じゃありません。この場を借りて感謝申し上げます。
一時援助金をもらったその年の、クリスマスのバカンスに入る前の最後のレッスンでの出来事です。
一枚の封筒をアリニョン氏から貰いました。
その中には現金とシェック(小切手)が入っており、びっくりしましたが、先生は「それで美味しいものでも食べて、困ったときはそのシェックを使いなさい」と言ってくださいました。
フランスではクリスマスは家族と過ごす1番大切な日、その時に悲しい思いをさせたくないと思ってくださったのでしょう。今思い出しても泣きそうになる…… 一生忘れない出来事です。
シェックはずっと大切に保管していましたが、日本へ帰国してから東京でアリニョン氏にお会いできた際に、当時の感謝の気持ちを伝えてシェックをお返ししました。あの時の先生の優しい表情は今でも印象的でわたしの心の中で大切にしていることの一つです。
※現在学校では先生が生徒を助けたくても助けられないような状況だそうで、生徒へ楽譜を貸すことですら禁止されており、このような出来事が見つかった場合は教師はクビになってしまうそうです。かつてわたしが在学していたころはとても良い時代だった……と現役の先生からお聞きいたしましたので、その点ご了承ください。
アリニョン氏の魅力
偉大なアーティストで教育者であり…… とアリニョン氏の素晴らしさは、わたしが改めて言うまでもございませんが、先生はレッスンでは厳しい方でした。しかしただ単に厳しいのではなく、常に思いやりがあり、一人ひとりに合ったアドバイスをその時に必要なことだけ伝えてくださる──そんな素晴らしい方でした。そしてどんな曲でも吹いて聴かせてくださいましたね。
毎年日本からアリニョン氏へ送っていたクリスマスカードを、箱に入れて大切に保管してくださっていたとう話を、先生の娘さんに東京でお会いした際にお聞きしました。一生徒からのメッセージカードを大切に置いてくださっていたことを知り、嬉しさとそう言った先生の思いやりの心が本当に魅力的であり、素敵だなと思います。
吉野亜希菜 Akina Yoshino
高等学校卒業後渡仏。2003年、パリ12区立ポール・デュカス音楽院へ満場一致の一位で入学し、2006年に満場一致の一位で卒業。同年、パリ国立高等音楽院にクラリネット科の日本人として10年ぶりの入学を果たし、2010年に同科を最優秀賞で卒業。その後、パリ音楽院管弦楽団に入団。クラリネット兼・バスクラリネット奏者を2年間務め、その間パリ国立高等音楽院のバスクラリネット科に入学し、2012年卒業。これまでにクラリネットを本田耕一、Michel Arrignon、Arnaud Leroy、Jerome-julien Lafferiere、Jean-noel Crocqの各氏に師事。
現在、東京交響楽団の首席クラリネット奏者。桐朋学園大学非常勤講師。






