クラリネット記事 「エレノアって、グレイト。」嘘から始まる美しい物語とは?
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木村奈保子の音のまにまに|第90号

「エレノアって、グレイト。」嘘から始まる美しい物語とは?

劣化した政治家たちのせいで、世の中が嘘にまみれていると感じる今日この頃。
嘘から始まる美しい物語が、スカーレット・ヨハンソン初監督作の「エレノアって、グレイト。」だ。

ヨハンソンは、大ヒット作「アベンジャーズ」のブロックバスター女優でおなじみだが、 グラマラスな金髪美女のルックスとユダヤ系の血筋から、ウッディ・アレン映画の常連にもなり、華やかな女優らしい道を歩んできた。
しかし、本人は「モンタナの風に抱かれて」に出演したころから、監督としてのロバート・レッドフォードに強い憧れを抱いたようだ。美男すぎる俳優、レッドフォードも、見た目のイメージでキャンスティングされることに違和感をかんじてきた映画人。避ける方策は、美貌をわざとくずすか、製作サイドにまわるかしかない。
美男美女も、見た目に支配されるのは苦しいのだろう。

さて、ヨハンソン(40歳)が初監督で選んだ題材は、高齢者問題を含むヒューマンドラマ。
主人公は、90代を過ぎ、同世代の親友と二人で暮らしているエレノアという普通のおばあちゃんだ。
彼女は毎晩、ホロコーストのサバイバーである親友のリアルな話を聞かせてもらい、涙ぐんでいる。

そんな親友の死をきっかけに、エレノアは娘のいるニューヨークの都会に引っ越すことになるが、さみしさから居場所探しをしているうちに、ホロコースト生存者の会に迷い込む。

そこはグループセラピーのようなやり方で、ひとりひとりが痛ましい過去を振り返り、それぞれの経験を語る場所。
エレノアは、その場の空気に流され、なんとなく親友のホロコーストの話を思い出しながら、あろうことか自分の経験のように語ってしまう。
根が明るく、話し上手なエレノアに、ひとりの女子大生がもっと話を聞かせてほしいと近づいてくる。
成り行きとはいえ、重大な嘘を語ってしまったエレノアは、もう後には引き帰せない。
しかも皮肉にも嘘を機に、若い女性との友情が始まり、互いに孤独から解放されていく喜びが……。

やがてエレノアの嘘は、女子大生の父親がテレビキャスターであったことから社会問題へと発展する。
はてさて、エレノアの嘘はいかに広められていくのか? 彼女の嘘は、許されるのだろうか?

本作の魅力は、なんといってもエレノアを演じる女優、ジューン・スクイブ(96歳)が可愛らしく、憎めないタイプであること。
このおばあちゃん、かわいい、という存在だけでも癒されるにちがいないキャラだ。
ただ90歳を過ぎて元気で可愛いらしくても、友人を失くし、子どもは忙しく、介護施設に抵抗するなど高齢者問題が背景にあり、それがひとつの嘘から好転したり、問題を広げたり、解決したりと、めまぐるしく展開する。

それにしても、題材にはやはりホロコーストか、とユダヤ迫害の歴史がここにも挿入されるとは、予想通りとはいえアルアルである。
ホロコーストの悲劇を、脚本に挿入させると企画が通りやすいのかとさえ思える。
ヨハンソンは、母親が東欧ユダヤ系で、スクイプは、結婚によりユダヤ教に改宗しているという。

多くのアメリカ映画では、スティーブン・スピルバーグ監督作「シンドラーのリスト」のようにユダヤ迫害の歴史を直球でどっしりと描いたり、さもなくば、さらりとはさみこむサブリミナル効果のように、ホロコーストを描いてきた。
そのたびに、我々観客は、ユダヤ人がいかに苦悩を持つか悲劇の共有をしてきた。
もちろん、その後は黒人やヒスパニック、性的マイノリティーなど差別の歴史は広く描かれ、問題定義は続いているが、ユダヤ人テーマについても決して描き終わったわけではない。
その扱い方が脚本としても、演出としても、演技としても映画はあまりに巧みなので、またかという気がしない。
いつのまにか、映画ファンはユダヤ人の悲劇に思い入れが強くなってしまうというわけだ。

そもそもアメリカの映画会社を設立したのは、ユニバーサルピクチャー、パラマウント、MGM、ワーナーなどほぼすべてユダヤ系の人物である。
映画界のビジネスについては、日本の洋画配給会社の重鎮から授業のように学んだが、ほぼユダヤ人についての話であった。 どの国の映画ビジネスもユダヤ人の能力には太刀打ちできない話が続き、ルー・ワッサーマン(ユニバーサルスタジオの会長)氏の名前を耳にこびりつくほど聞いた気がする。
そのワッサーマン氏の孫が祖父の莫大な資産により映画に限らず、さまざまな事業を拡大してきた大物実業家として知られるが、昨今は小児性愛者、ジェフリー・エプスタインのパートナー、マクスウェルとの疑わしいメールが暴かれ、辞任の危機がせまっているという。
ミラマックスの創設者ワインスタインも、ユダヤ系で数々の傑作を製作したが、大量セクハラにより裁かれた。
エプスタインと関わるハリウッド映画人の今後も気になるところだ。

自らの悪事をごまかす、あるいは隠すためには嘘が必要だ。
悪人の嘘は、嘘を決して認めないところから、周囲がそれを暴くために膨大な時間を費やす。
取り返しのつかない嘘を重ねながら、つき進んでいくしかないのか?

いや、エレノアおばあちゃんの、嘘から引き返すタイミングを学びたい。

 
 

MOVIE Information

「エレノアってグレイト。」
6/12(金)より新宿バルト9ほか全国順次公開
(2025年/アメリカ/ビスタ/カラー/98分)
© 2025 ELEANOR INVISIBLE FILM, LLC AND TRISTAR PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
原題:Eleanor the Great
配給:東映ビデオ
監督:スカーレット・ヨハンソン
脚本:脚本:トリー・ケイメン
出演:ジューン・スキッブ、エリン・ケリーマン、ジェシカ・ヘクト、リタ・ゾーハー、キウェテル・イジョフォー
◆公式サイト:https://eleanor2026.com
◆公式X:https://x.com/eleanor_film_jp

 
木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

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