戦時下に芸術の力は、いかに?「ザ・コラール 希望を紡ぐ歌」レイフ・ファインズ、一流の美学
今年もカンヌ映画祭が話題の時期になったが、洋画中心で、難解な芸術作品が多い上、それゆえ後に大ヒットすることもないためか、日本のマスコミではスルーされがち。
しかし、ことしは日本映画が3作品もコンペティションに選ばれたからか、比較的話題になっている。
何より、最優秀女優賞が日本人というのは日本初というのだから、大変な快挙だ。
受賞者のTAO(岡本多緒)はモデル出身の女優で、身長177cm。英語も話せるインターナショナル感と監督経験もあるのだとか。女優歴は長くないが、国際的な映画人として期待が持てる。
気になる日本語の話し方は、日本人の若者と相違ないようだ。
そういえば、昔のような女優魂あふれるアーティストの話し方は、長く見たことがない。
現代は、普通にいる女性のしゃべりであれば、女優でもそれでいいというものだろうか。
セクハラする余裕があれば、監督はもっと女優のしゃべり方に注視してほしい。
私が期待するのは、日本風のあいまいなぶりっこしゃべりではなく、明瞭で意思のはっきりした、余韻のある話し方だ。間やスピード感などテクニカルなものなど例えば洋画の吹き替えを行なっているベテラン声優のそれが参考になる。
演技よりもまず、その話し方を身に着けてくれたらと願う。
特に女性は、ヒロイン像として幼児的なかわいらしさより、自立した大人の位置づけが重要だ。これが欠けているために、日本語のサウンドとしてがっくしくることがあることを強く訴えておきたい。
日本映画の海外上映で、英語やフランス語の吹き替えにより、クオリティーが上がる日本映画もあるのだが、字幕だと、リズムがないから、そのときに備えてサウンド調整は必要で、吹き替えだからなんでもいいというわけではない。
吹き替え、字幕なんのその、姉さんしゃべりのドスのきいた岩下志麻や簡潔なセリフ使いで昭和のお嬢様を装う原節子など、しゃべりも身のこなしも女優魂がしみついた、そんな女優の存在を見てみたい今日この頃……
「わてが、決着をつけさせてもらいます」
「おじさまったら、不潔!」
こうした女たちの女優魂が宿った深いセリフをかつての日本映画人は、生き生きと放ってきた。
インターナショナルな時代に生まれた新しい世代の映画人たちに日本の未来の映画界の希望を紡ぐタイミングがやってきたのだろう。
さて、洋画で味わい深い俳優は少なくないが、無駄にマッチョな男性キャラの時代も終わった。私が好きな俳優はロバート・デ・ニーロ、ホアキン・フェニックス、レイフ・ファインズ。
どんな映画でも役でも、彼らのしなやかな肉体の動き、言葉の運びに一流の美学を感じさせる。しゃべっても、動いても、暴れても、俳優の技がにじみでて、無駄なものがない。
欧州の繊細さを放つレイフ・ファインズは、若い頃、人の少ないパーティで私から声をかけた記憶があるが、奥ゆかしく、おとなしいいで立ちの美男で、スターぶったかけらもないタイプだった。きゃしゃでデリケートな実際のイメージから、映像のなかでの存在感は想像できないほど開きがある。

「イングリッシュ・ペイシェント」や「グランド・ブダペス・トホテル」など、どの大作も見事というほかないが、私はなかでも「羊たちの沈黙」シリーズ4部作の3作目、「レッド・ドラゴン」(2002年、米)の知的な男“裏の顔”を見せるサイコ・キャラが最高だと思っている。
映画の役どころでは、どちらかというと変態系キャラのほうが、より遊び心と芸術性が強まるのだが、逆に“普通”を演じても、飽きさせない。
今回の「ザ・コラール 希望を紡ぐ歌」は、味わい深いレイフ・ファインズが、「教皇選挙」(2025年、英米合作)につづいて、比較的まっとうなキャラの指揮者を演じる。
ドイツと戦闘状態にある英国の田舎の素人合唱団に、ドイツで指揮をしていた指揮者、レイフが、いかに迎えいれられるのか?
合唱団の若者の恋愛関係や出征にいたる状況など、さまざまなエピソードが入れ込まれながら、選曲のマタイ受難曲は、バッハがドイツ人だからという理由で、エルガーの『ゲロンティアウスの夢』に変更される。
タイトルにあるコラールは讃美歌。コラールは、ドイツのバロック音楽を中心に、さまざまな形式で用いられている。
しかし、敵国の音楽より、エルガーが作曲したオラトリオ「ゲロンティアウスの夢」が適していると変更を余儀なくされた時代だ。
指揮者、レイフは合唱団に多額の寄付をする裕福なテノール歌手役を思い切ってクビにし、天才的な若者を起用することで作品のクオリティを上げようとするが、寄付者にも作曲家エドガーにも、それでは意図が異なると牙をむかれてしまう。
エドガーの作品作りの意図は、瀕死の状態の老人が祈るという部分を若い歌手に歌わせたくなかったのだろう。いや、アートにまとめあげる指揮者としては、下手なアマチュアソロのほうが耐えられないではないか。
戦時下に合唱団で祈りの歌を練習する姿が新鮮で、人々の人間模様もほのぼのし、懐かしいような優しさに包まれるヒューマンドラマである。
レイフ・ファインズの指揮者が、音楽の祈りを込めた芸術の力で、すべてをまとめあげる。
彼の存在があっただけで、すべての役者たちが生き生きとし、包まれていく役者としての包容力。そして、音楽の力。
コラール(讃美歌)が、殺伐とした世界に与えるものとは?
希望を紡ぐ歌に全力を注いだ人々の未来は?
パーティでレイフ・ファインズさんとツーショットMOVIE Information
「ザ・コラール 希望を紡ぐ歌」
5月15日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
(2025年/イギリス・アメリカ/英語/カラー/ユニビジウム/5.1ch/113分)
©GERONTIUS PRODUCTIONS LIMITED 2025
原題:The Choral
配給:ロングライド
監督:ニコラス・ハイトナー
脚本:アラン・ベネット
出演:レイフ・ファインズ、ロジャー・アラム、マーク・アディ、アラン・アームストロング、ロバート・エムズ、サイモン・ラッセル・ビール
◆公式サイト:https://longride.jp/choral/
◆公式X:https://x.com/longride_movie
◆公式Instagram:https://www.instagram.com/longride_movie/

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
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