木村奈保子の音のまにまに|第49号

「国葬」と感染ホラー

反対派が60%を上回る中。日本を分断する国葬が、ついに敢行された。
実際は、一般のお葬式と変わらない形式で、なぜ国葬にこだわったのか、よくわからない。
葬儀委員長や友人代表など、お仲間の政治家によるスピーチの内容は、仲間同士の個人的な思いが詰まったもので、客観性はなく、多くの人々の共感を呼ぶものではなかったと私は思う。
自民党の自民党による、自民党のためのナルシスティックな目線で行われたのは予想通りで、 背景に、問題のカルト団体がからんでいるのではないかという件が頭をよぎる。
国葬は、税金を使うことも大きな問題だが、故人を神格化したいのかと思われるような熱狂的な、カルトチックなものが潜んでいる気がしてならないから、すっきり賛成できないのだ。
元首相の死を弔う内閣・自民党合同葬や国民葬なら、反対はさほど多くなかったはずだ。
そもそも国葬が本来、どういうものかを知る人は、私を含め少ないと思うが、それは昨今行われたばかりのエリザベス英国女王の国葬が教えてくれた。
あの素敵さは映画1本の感動がある。
エリザベス女王が、目覚まし時計代わりに毎朝聞く生演奏、バグパイプソロの演奏はもはや映画のワンシーンのように語り継がれるだろう。

エリザベス女王は、いろんな映像を見ても、ユーモアのセンスが秀逸だった印象を残す。
本物のハリウッドスター、ダニエル・クレイグがジェームスボンドとして女王をエスコートしたり、クイーンの歌の導入に、女王がぬいぐるみのパディントンと向き合って、スプ―ンでリズムをとるなど音楽的なユーモアセンスあふれる演出に対応できるのはご本人のキャラがマッチしているからだろう。
格式のある王室で、こうした女王の人間的な器とセンス、アイドル性が魅力を放つ。
手柄の問題ではないのだ。

話を戻すと、政治家の国葬は、もちろん、おちゃめな演出は難しい。
故人が政治的手腕により、いかに国民を幸福にしたかが直接的に問われるため、お人柄の好き嫌いだけで、アンチがデモを行うわけではないだろう。
今回は60%以上の国葬反対者がいたのは事実であり、政治的手腕がいかに認められなかったかを示している。
タレントや俳優、アーティストは、生前どういう人物で業績がどうであれ、死後は良いことだけを思い出して弔えばよい。
が、政治家は国民に奉仕する立場だから、お仲間同士で、認め合えば済むという話ではない。
奉仕の度合いに納得できないから、反対運動が広がった。
あるいは、業績を仲間内で讃えあいすぎる国葬でなければ、政治的アンチであっても、悲劇の元首相を汚すような葬儀の反対運動をここまで広げることはなかったに違いない。
手柄や権力にしがみつくような党の姿勢が、今後の日本を良くしてくれる奉仕的精神と相反するものだと私は言いたい。
ちなみに、国葬で演奏された『カヴァレリア・ルスティカーナ』は、曲のイメージではなく、「ゴッドファーザーⅢ」のラストシーンでドンの娘が撃たれる衝撃に重ねてしまうから、元首相の銃殺事件という生々しい悲劇に対しては、しゃれにならない選択と感じるのは私だけだろうか。

 

さて、コロナ感染も、少しおさまりを見せてきたように感じるので、紹介できる作品がある。
「ソングバード」(2022,米)は、コロナ禍で撮影されたマイケル・ベイプロデューサーによる感染ホラー。
2024年を舞台にした近未来もので、コロナウィルスが次々と型を変えて進化し、街は殺伐とした状況にある。
政府は、感染者を見つけると、強引に家から引きずりだし、隔離していく。
そんななか、家に閉じこもったアーチストのヒロインは、ドア越しに配達人と愛を語り合う。
彼は、免疫を持つことから、安全が確約され、配達人の仕事をしているが、彼女への荷物は玄関の自動消毒器のなかに入れるだけだ。
コロナ禍のラブストーリーは、まったく接触がなく、切ないばかり。
やがて、ヒロインは高齢の同居人女性が感染したことから、ねらわれる羽目に。
感染していないのに、隔離されてしまう恐怖……。
彼女を助けるには、免疫があるという証拠のリストバンドが必要だ。
配達員の恋人は、仕事のコネを利用して、リストバンドを手に入れようと、手を尽くす。
二人の危機迫るラブストーリーを中心に、風変りな登場人物たちがからんで、なかなか面白い。
リスキーな状況でも、不倫SMを強要するエロ爺や、ドローンで人助けをする男など、現代ならではの小道具が使われ、悲喜こもごものドラマが展開する。
社会的なテーマを大々的に持つシリアスな話ではないが、政府の異常な管理体制のなかで、人々がいかに危機を乗り切り、愛を見つけるか、が描かれる。
本作では、恐怖の対象が、ウィルス以外にもあることを訴える。
政府の在り方が、ホラーにならないことを願う。

 

MOVIE Information

 
 

「ソングバード」(2020,米)
監督・脚本:アダム・メイソン 共同脚本:サイモン・ボーイス
出演:KJ・アパ ソフィア・カーソン クレイグ・ロビンソン ブラッドリー・ウィットフォード ピーター・ストーメア アレクサンドラ・ダダリオ ポール・ウォルター・ハウザー デミ・ムーア
提供:WOWOW  配給:ポニーキャニオン
原題:SONGBIRD 日本語字幕:岡田壯平
© 2020 INVISIBLE LARK HOLDCO, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

N A H O K  Information

木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
問合せ&詳細はNAHOK公式サイト

PRODUCTS

 

シングルケースたダブルケースがNAHOKのケースに入れたたま収められるバッグです。さまざまなタイプや色のなかから自分にピッタリ合うものをセレクトできます。


>>BACK NUMBER
第42回:平和に向けた映画音楽のアプローチをしよう!
第43回:2022年、アカデミー賞は、何を語るのか
第44回:ビンタ事件とスタンダップコメディアンと女性司会者と……多様化社会の文化が熱い
第45回:すべては、ゼレンスキーのテレビシリーズ「国民の僕」から始まった?
第46回:女性の視点?男性の視点? 描き分けられる多様化社会の映画
第47回:犯人の精神分析と映画
第48回:世界のカルトと対象喪失によるセラピー映画


クラリネット ブランド