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木村奈保子の音のまにまに｜第85号

独裁者の時代、チャップリンとロマのルーツを求めて

2025-11-01

“NO KINGS～王は、いらない！抗議デモ”がアメリカ各地で起こり、映画人の間でも民主主義を求めて声を上げることを躊躇しない昨今。

チャップリンの映画「独裁者」が再び上映されるべきか、リメイクされるべき時か？

「絶望してはいけない。私たちに覆いかぶさっている不幸は、単に過ぎ去る欲であり、人間の進歩を恐れる者の嫌悪なのだ。
憎しみは消え去り、独裁者たちは死に絶え、人々から奪いとられた権力は、人々のもとに返されるだろう。
決して人間が永遠には生きることがないように、自由も滅びることもない」
ヒトラーを思わせる独裁者に扮したチャップリンのスピーチをいまどきの政治家は……？

日本もまた、兵庫を皮切りに地方の首長たちが恐るべき勢いで、権力者の無謀さを広げているのではないか？
そして女性初の、ともてはやされる新総理大臣は、時代を後戻りさせないのか？

さて世界が揺れる今、チャップリンの魂が蘇るように、新しいドキュメンタリー映画「チャップリン」が公開される。
チャップリンの息子（チャップリン4度目の最後の妻との間に生誕）で、作家のマイケル・チャップリンが父親の幻影をたどるもの。
大女優として成功した姉、ジェラルディン・チャップリンも語り部として登場する。
そして監督は、彼の娘カルメン・チャップリン。まさに一家のファミリー・ストーリーだ。

本作は、天才アーティストを讃える物語には、なっていない。
マイケルは、有名すぎる父親と2世の間にある複雑な感情とコンプレックスを抱えながら、チャップリン家の芸のルーツであるロマの血について追っていく。
映画「独裁者」の髭剃りシーンで有名な『ハンガリー舞曲第5番』も、映画「黄金狂時代」のテーマ曲も、ロマの民族音楽に影響を受けたブラームスの手掛ける曲、あるいは編曲だ。
チャップリン映画の“音”は、ロマの血といかに関わりがあるのか？

ユダヤ人というデマでFBIに偽ファイルを作られたこともあるチャップリンだが、出自は英国人。生まれた場所は曖昧にしているが、本作ではバーミアン近くのブラックパッチでトレーラーハウスの中で生まれたという、ある人からの手紙が紹介され、母方の祖先がアイルランド系ジプシーだと語られる。

マイケルは、映画「耳に残るは君の歌声」（英仏、2000年）でロマ民族の青年を演じたジョニー・デップがトレーラーハウスにいるところを訪ねる。
デップもまた、マイノリティのチェロキーインディアンの血を持つ。
撮影中は、ミュージシャンでもあるデップは、ロマのミュージシャンたちとの演奏をトレーラーの中で延々とを楽しんだ思い出がある。

ハリウッドで描かれるロマ（ジプシー）はいつも陳腐な悪者ばかりで、アメリカ人はそのイメージに囚われている。
ロマはこうした差別を背負ってずっと生き続けてきた。　ナチスはロマに対しても大量虐殺を行なった。
ロマの人々とその音楽に触れることで彼らの本当の姿がわかる。とジョニー・デップは語る。

昨今は、ロマ民族も安定した地域で暮らしているというが、もともとは移動生活で安住の地はなかった。
大スターになった後も、チャップリンが幼少に暮らした街を散歩する哀愁のシーンなど、家族ならではの私的映像などもふんだんに使用されている。

エミール・クストリッツア監督が登場して言うセリフ——。
「チャップリン映画は、重力との戦いだ。しかし、一線を超えず、瀬戸際で踏みとどまる」

何より、本作ではロマ音楽に焦点を絞り、演奏のシーンも意外に多いから楽しい。
ロマとスウィングジャズのギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトの伝記映画「永遠のジャンゴ」（仏、2017年）と合わせて観たい。

世の弱者と言われる人々や少数民族など、マイノリティの心情にフォーカスする映画の意義は深いと思うが、はてさて権力だけを追い求める側の人たちに、一筋の理解が得られるものだろうか？
「ご理解をいただきたい」と日々、連発する権力者の側の言葉を聞いていると、理解すべきはどちら側なのかと首をかしげてしまう。

映画の面白さは、常に弱者やマイノリティのもとにある。

マイケル・チャップリン（チャップリンの息子）

ジョニー・デップ

エミール・クストリッツァ

チャップリンファミリー

MOVIE Information

「チャップリン」
2025年12月19日より角川シネマ有楽町ほか全国順次公開
2024年製作／90分／スペイン・ベネルクス・イギリス・フランス
出演：マイケル・チャップリン　ジェラルディン・チャップリン　ジョニー・デップ　トニー・ガトリフ　エミール・クストリッツァ　ストーケロ・ローゼンバーグ　リタ・カベルト　ファルキート
監督・脚本：カルメン・チャップリン
音楽：ナサニエル・メカリー　撮影：ケネス・オリベ　編集：フーリア・フアニス
2024年｜90分｜スペイン・ベネルクス・イギリス・フランス｜原題：CHAPLIN SPIRIT OF THE TRAMP｜カラー&モノクロ｜5.1ch｜1.85：1
日本語字幕：渡邉一治
配給：アンプラグド
オフィシャルサイト：https://unpfilm.com/chaplin/
© The Caravan Trail, A.I.E, Kwanon Films Limited, and Submarine Sublime 2024
Charlie Chaplin™ © Bubbles Incorporated S

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

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