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カーボン素材が、クラリネットの音の世界を大きく広げる

クラリネット・ヴィルトオーゾとして知られ、日本でもファンの多いイタリア人奏者コラド・ジェフレディ氏が、今年も来日を果たした。管体にカーボンファイバーを使用したバックーンのニューモデル「CG(コラド・ジェフレディ)カーボン」を日本で初披露するとあって、大きな注目が集まっている。日本でのマスタークラスやリサイタルも、もちろんCGカーボンを使用して演奏された。今回はそのニューモデルの魅力、そしてクラリネットへの思いを語ってもらった。

カーボンファイバーで音が強くなる

コラド・ジェフレディ

─ジェフレディさんはコンサートやマスタークラスなどのために何度も来日していますね。
ジェフレディ(以下G):今回が12回目の来日になります。初来日は1998年、サントリーホールで演奏しました。指揮はリッカルド・ムーティでした。

─ 今回の来日では、初めてCGカーボンでの演奏をされるそうですね。
G:この楽器の内側は木の管体、外側は全体にカーボンファイバー素材を使っています。この2つの素材を組み合わせることで、音色が向上し、よりハーモニックな音になります。周りは堅いカーボンファイバーに覆われているため、木の収縮が抑えられ管体が割れる可能性はほとんどありません。万が一割れたとしても、木材は管体全体の15%程度しか使われていませんので、外側まで割れてしまうことはないです。また、バックーンのクラリネットはもともと音程がとても良いのですが、CGカーボンは管体が収縮しないのでトーンホールの位置も変わることがなく、音程がいつも安定しています。ちなみにバレルとベルは木材です。
この楽器は木の管体の上にカーボンを巻いて作るのですが、とても難しい工程で、バックーンの中にもそれができる職人は2人しかいません。そのため仕上げるまでとても時間がかかります。バックーンでは、この楽器を開発し、完成させるまでに2年以上をかけましたが、内側の木の管体はまったく変化がありませんでした。

 

─ CGカーボンモデルの魅力とは?
G:バンクーバーで試作品を初めて吹いた時に、軽く息を入れただけでもとてもしっかりした音が出せることに驚きました。マイクなしでもとても通る音なのです。出てくる音が強いのは、カーボンファイバーを使っているからです。木のクラリネットでも大きな音が出せるような人が吹けば、さらに音量を出せますし、あまり息の強くない人が吹いてもカーボンファイバーが音量を補うので、とても吹きやすい楽器です。

コラド・ジェフレディ

─ 内側の管体はグラナディラとココボロの2種類がありますが、どちらを選びましたか。
G:私はココボロが好きです。これは個人の好みで、グラナディラが好みの方もいるでしょう。

 

─ 管体が変化しないということは、ジェフレディさんのように、世界を旅する演奏家にはぴったりですね。
G:そうですね、この楽器はいつも非常に安定していて助かります。

 

─ 楽器のほかに、バックーンからジェフレディさん監修のクリスタル製マウスピースも発売されていますね。どんな特徴があるのでしょうか。
G:音色に温かみを持たせ、しかも良い音の質を落とさずにダイナミクスを大きくします。言い換えるなら、クラリネットが歌うように吹けるマウスピースです。ジェフレディモデルには、すべて私の名前が刻印されています。

 

─ ジェフレディモデルの監修はどのようにして行なっていますか?
G:クリスタルマウスピースはイタリアのポマリコ社が作っているのですが、私は毎月そこに行って、ジェフレディモデルの元になるクリスタルを選んでいます。なぜならクリスタルマウスピースはすべてハンドメイドで作られるからです。
クリスタルマウスピースは、ガラスを1000度以上の高温で溶かして作る“フュージョンクリスタル”で作られます。ガラスの芸術品やアクセサリーなどにも使われる技法です。溶けたガラスを型に流し込んでマウスピースを形作るのですが、同じ型に入れても、できたものの形はすべて違います。私はできたものを一つひとつ厳しい基準でチェックし、マウスピースとして適していると思ったものだけを選びます。とても大変な仕事です。
そのあと、ポマリコの職人と協力してマウスピースを調整します。私が実際に一つずつ試奏して、これは開きすぎている、これはOK、というように判断し、職人が内部を削ったり磨いたりします。すべて二人三脚で行なっています。私がメインで使っているレジェール・シグネチャー(樹脂製リード)のヨーロピアンカットの33/4とセットで調整することで相性を追求しています。もちろんケーンのリードでも十分に演奏できますよ。

コラド・ジェフレディ

音色の追求がいちばん重要です

─ 今回のアーティストサロン・ドルチェでのリサイタルのプログラムはどのようにして決めたのですか?
G:クラリネットの作品としてとても重要なブラームスのソナタを演奏するのが、今回のコンサートのテーマの一つです。マンガーニやコヴァーチは私が好きな作曲家ですし、休憩などを考慮して、お客様に楽しんでいただける曲なので選びました。なお、ドルチェ楽器さんに選んでいただいた曲も入っています。私は「OK、私はなんでも吹けるからね」と言いました(笑)。
今回共演するピアニストの蒲生祥子さんは、本当にファンタスティックな演奏家です。とても素晴らしい。

 

─ 今回の来日ではマスタークラスも開催されました。以前の来日でもマスタークラスをされていますが、日本人学生の印象は?
G:とても良い学生ばかりです。良すぎるくらいです(笑)。才能のある学生が多く、教えることにとても喜びを感じます。そして日本の学生はイタリアの学生よりたくさん練習しています。
日本人の学生が優秀なのはわかっていますが、イタリアにも優秀な奏者は多いですよ。これまではイタリア人が海外のオーディションで合格することは少なかったのですが、アレッサンドロ・カルボナーレはイタリアで活躍し、フランスでも同じように認められています。また、若くしてスイスやフランスで成功する人が増えてきて、とてもうれしく思っています。

 

─ ジェフレディさんがこれまでに取り組んだ練習で最も効果的、成果が出たことは何でしょうか。
G:クラリネットを吹く人に強く勧めているのは、音の質を高める練習です。良い音を追求していくこと。練習の一例として、指先や唇だけで音程を変えていくことに取り組んでいます。アーティキュレーションや音楽性も、その練習をすることで向上します。

コラド・ジェフレディ

─ クラリネットを演奏するとき、リズム、音色、音程、アーティキュレーション、フレーズ感などの中でもっとも重要視するのは、やはり“音色”ですか?
G:“音色”ですね。もちろん他の要素も、組み合わせていく上では大切な要素ですが、一番は音色だと思います。良い音色を出すためにできることはたくさんあります。私は特にアーティキュレーションを大事にして吹いています。
たった数音のフレーズでも、音について考えるべきことはたくさんあるのです。同じ楽譜でも、吹き方によって幾通りものバリエーションができるのですから。私は、同じフレーズを、通常とレガートとスタッカートの3種類で吹いてみたりします。こうすると、楽譜に書いてあることは一緒でも、息や音の出し方によってフレーズが全然違うことに改めて気づくでしょう。ちょっと吹き方を変えるだけで、出てくる音色は大きく変わる。だからこそ正確性が大切です。

 

夢を叶えたから、今の自分がある

─ 前回のインタビューで、「子どものころからダブルリップ奏法で演奏してきた」と話されていましたが、イタリアではダブルリップ奏法が一般的なのでしょうか?
G:ダブルリップ奏法はとても古いメソッドです。昔は一般的でしたが、今は違います。私は子どものころ、小さな町の教室の先生から「ダブルリップで!」と言われてきたので、自然にこうなりました。
時々私の演奏を見て、自分もダブルリップに変えたいという生徒がいます。私がこうやって吹くのは慣れているから良いのですが、生徒には「急に変えると唇がとても痛くなるよ」とアドバイスします。子どものころからの奏法を大人になってから変えるのはとても難しいですよ。

コラド・ジェフレディ

─ シングルリップ奏法と比べて、音色は変わりますか?
G:(楽器を吹く)最初に吹いたのがシングルリップ奏法で、後がダブルリップ奏法です。音の丸みが少し違うでしょう? ダブルリップの音のほうが良く聴こえるかもしれませんが、シングルリップでも十分に良い音は出せます。
ダブルリップは上の歯にも唇をかぶせるので、口の中の形が少し変わります。それが音の違いに表れています。

 

─ ジェフレディさんはスイス・イタリアーナ管弦楽団で首席を務め、ソリストとしても活躍されています。オーケストラや室内楽、吹奏楽、ソロで演奏するとき、それぞれ演奏に違いはありますか?
G:私はすべてのタイプの音楽が好きなので、クラリネットの演奏家で幸運だったと思います。いろいろな演奏の方法に対応できるからです。
演奏の違いについては、たとえば、オーケストラでベートーヴェンを演奏するときはベートーヴェンのように、ソロでコヴァーチを演奏する時はそのように、作曲家によって演奏は変わっていきます。しかし、楽器のセッティングは基本的に変えていません。

コラド・ジェフレディ

─ 最後に、ジェフレディさんにとってクラリネットとは?
G:自分を表現するものです。私を形作ってくれたものでもあります。子どものころに考えていたことが、今のプロ奏者としての私の人生を作っています。

 

─ 小さいころからプロのクラリネット奏者になることが夢だったのですか?
G:それは違いますね。子どものころには、クラリネットを演奏できたらきっと楽しいだろうなと思っていました。それから勉強を始め、今ではオーケストラやソロ、室内楽など、いろいろな場所で演奏するようになりました。それで今のプロ奏者としての自分があるのです。この違いはとても重要なことなんですよ(笑)。

─ ありがとうございました。

 

コラド・ジェフレディ

コラド・ジェフレディ Corrado Giuffredi
スイス・イタリアーナ管弦楽団(Orchestra della Svizzera italiana)の首席クラリネット奏者。リッカルド・ムーティ、ダニエル・バレンボイム指揮によるミラノ・スカラ座フィルハーモニー交響楽団とともに、数多くのコンサートやインターナショナル・フェスティバルにて公演を行なう。2010年から2012年には、ギオラ・ファイドマンの招待のもと、イスラエルのツファットとエルサレムにてマスタークラスとコンサートを行なう。イタリアにて、ペンデレフスキ作曲の『クラリネットと管弦楽のための協奏曲』を初演。近年では、チェチーリア・バルトリ市の招待のもと、イ・バロキスティとディエゴ・ファソリスとともに、ザルツブルク・ウィットサン・フェスティバルにてロッシーニー作曲『クラリネット・ヴァリエーション』を演奏した。レコーディングにおいても、EMI、Decca、Arts、Fanè and Stradivarius など多岐にわたる。今冬は地元スイス・ルガーノのLACホールで開催されるマルタ・アルゲリッチのフェスティバルで共演予定。

 


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