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カタリーナ・ベーム│THE FLUTE vol.211 Cover Story
テオバルト・ベームの末裔としての矜持 ──フルートの革新と現代での継承を目指して
今年2月に初来日したカタリーナ・ベームさん。“ベーム”という名前からわかるように、彼女はフルートという楽器に革新をもたらし、愛すべき多くの作品を誕生させたテオバルト・ベームの直系の末裔である。
子どもの頃からテオバルトに親しんできたというカタリーナさんに初インタビューを行なうことができた。テオバルトから受け継ぎ、次世代に継承する ために必要なことをカタリーナさんに訊く。
インタビュー・翻訳:松崎ゆり/取材協力:パール楽器製造株式会社 写真:森泉 匡
子どものころからテオバルト・ベームの作品に触れる

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フルートを始めたきっかけを教えてください。
ベーム(以下 B)
フルートはずっと好きでした。父が40歳のときにフルートを習いたいという夢を持っていたので、家にフルートがありました。試しに私も吹いてみたら、わりと上手く音が出せて。でも自分が始めるには、もう少し大きくなるまで待たなければなりませんでした。それでも、フルートを習いたいという気持ちはずっとありました。
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フルート奏者を職業にしようと思ったのはなぜですか?
B
音楽は世界で一番素晴らしい職業だと思っています。音楽で生活できること、楽しみながらお金を稼げることは、本当に大きな恵みだと感じます。周囲の人たちにも勧められ、音楽院と音楽大学を経て、プロの音楽家になりました。
―
ご自身がテオバルト・ベームの子孫であると知ったのはいつですか?
B
子どもの頃から、テオバルトが私の先祖だと知っていました。叔母が盛大な家族の集まりをよく開いていて、多くの親戚が集まり、お互いに知り合う機会がありました。そうした集まりでは講演やコンサートも行なわれていました。
子どもの頃に聴いたコンサートのことを今でも覚えています。テオバルトの没後100年を記念した1981年のコンサートで、アンドラーシュ・アドリアン、オーレル・ニコレ、イレーナ・グラフェナウアーといった著名なフルーティストたちが演奏しました。当時の私は子どもだったので、その意味が十分にわかっていませんでしたが、そのおかげでテオバルトの音楽に幼い頃から親しむことができました。
子どもの頃に聴いたコンサートのことを今でも覚えています。テオバルトの没後100年を記念した1981年のコンサートで、アンドラーシュ・アドリアン、オーレル・ニコレ、イレーナ・グラフェナウアーといった著名なフルーティストたちが演奏しました。当時の私は子どもだったので、その意味が十分にわかっていませんでしたが、そのおかげでテオバルトの音楽に幼い頃から親しむことができました。
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テオバルト・ベームの子孫であることが、フルーティストになった理由のひとつですか?
B
彼が作曲した曲を演奏できるようになりたいという気持ちは、長い間、大きなモチベーションになっていました。彼の曲はとても要求度が高く、ヴィルトゥオジックです。演奏を聴いていたとき、二人で弾いているのかと思ったこともありましたが、いつも一人だけでした。
全体的に言えば、彼の作品を演奏することは確かに目標でした。ただ、本当に高度な作品はプロレベルのものだと思います。
全体的に言えば、彼の作品を演奏することは確かに目標でした。ただ、本当に高度な作品はプロレベルのものだと思います。
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・テオバルトによって柔軟で、美しい楽器に変革
・20年以上喜びを持って演奏している愛器
・研究・試作を重ねて開発したフルート
Profile

カタリーナ・ベーム
Katharina Böhm
Katharina Böhm
ドイツ・バイエルン州で生まれ育ったカタリーナ・ベームは、フルート、サックス、ピアノの指導を受けて育った。ミュンヘン音楽大学でジュニア学生としてフルートの芸術的訓練を始めた後、ライプツィヒ音楽大学でイルメラ・ボスラー教授のもと、オーケストラ奏法および音楽教師としての研鑽を積んだ。 在学中より中央ドイツ放送交響楽団に任期採用され、2004年よりライプツィヒ交響楽団の首席フルート奏者を務めている。2022年には、テオバルト・ベーム国際 フルートコンクール審査員を務めた。 自身がテオバルト・ベーム直系の末裔であるため、ベームを中心としたフルートの歴史的背景の研究と紹介に尽力している。また古楽への傾倒から、トラヴェルソ課程も修了し、現代音楽と古楽のさまざまなアンサンブルと共演している。コンサートツアーでヨーロッパとラテンアメリカ、南アフリカと中国を訪れた。
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