フルート記事 少女たちに自由を! ヒロインを守れ!
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木村奈保子の音のまにまに|第89号

少女たちに自由を! ヒロインを守れ!

MUSIC

アメリカがイランに対して行った軍事作戦で、2月28日、トランプはイランの最高指導者が死亡した、と発表した。
世界は今後どのような方向に向かうのだろうか。

昨年は、トランプの立身出世物語「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」を見たが、イラン出身の監督、アラン・アッバシが手掛けたものの、悪くは描けなかったのか皮肉一つなく、凡作であった。
アッバシの「ボーダー 二つの世界」(2018年、スエーデン)はユニークな傑作だっただけに、期待外れ。
撮ることに何か、事情があったのだろう。

そして、今年公開となるトランプの妻、メラニア夫人のドキュメント映画がブレッド・ラトナー監督により撮影され、公開予定だ。
ブレッド・ラトナーは、「ラッシュ・アワー」シリーズでおなじみの面白い監督で、エプスタインの島で写真に写っていた一人でもある。
昨今トランプの鶴の一言で、4作目の製作が約束されたらしい。

メラニアの映画では、プリンスの曲についてファンのブーイングが怖くて使用不許可が出るなど、トランプ不支持のアーチスト周辺で話題となっている。
トランプと関わりたくないミュージシャンは少なくない。
世界一の名優、ロバート・デ・ニーロのトランプ嫌いは特に露骨で、デメリットを承知で批評を繰り広げている。

トランプは、そんなアーチストたちに対抗させるように、ハリウッド特別大使にビッグアクションスター3人を選んだ。
ジョン・ボイト(アンジェリーナ・ジョリーの父親でもともと共和党)、シルベスター・スタローン、そしてメル・ギブソンだ。
トランプ曰く、エンタメ産業が、外国に奪われているから、ハリウッド黄金時代に戻すべきと言う。
男は戦うマッチョで、女は黙ってグラマラス?
性差別、人権差別で、時代錯誤の過去に戻るのは映画にとって後退以外の何物でもない。

ただ、選ばれた俳優たちは一見筋肉系のマッチョマンだが、実際は、トランプが想像するより繊細で頭もよい。
ハリウッドスターになるのは、実際政治家より能力が高いかもしれない。

メル・ギブソンは、顔の良さから苦労なく主役に抜擢されてスタートした俳優だが、その後はアル中などいろいろ問題を抱えて、ハリウッド業界から干されてしまった時期が長かった。
しかし復帰作の映画「サウンド・オブ・フリーダム」(23年、米)は、エプスタインの事件を思わせる児童誘拐、人身売買を扱っている。出演はせず、製作総指揮によるプロデュースで、全米公開ヒットさせた。

舞台は、中米ホンジュラス。太鼓でリズムをとりながら歌う、少女の澄み切った声がひびくシーンで始まる。
それを聞いた女性スカウトマンが、オーディションを受けないかとやってくるところから恐怖のドラマが展開する。
少女は弟とともに、コンテナに乗せられ、物と一緒にコロンビアへと運ばれるのだ。
音楽を愛する純粋な少女に、なぜこんな仕打ちを?
大人たちの汚い手で、なぜ美しいものを壊すのか?
そこへ、ひとりのアメリカ人捜査官が、命を懸けて密林の闇の組織に挑むのだが……。
児童誘拐、人身売買のルートとは?
いわゆる興行成績を確保してきたメル・ギブソンのアクション大作ではなく、実話を扱う社会派だ。

メルがハリウッド業界で感じてきた違和感のなかで、あえて自費で挑んだテーマというが、いま問題のエプスタインをほうふつとさせる舞台や物語ではないが、女性が子供をだましてスカウトし、誘拐する基本のやり方は同じである。メルがハリウッドで見聞きしたのかどうか、それによって本作の実話を引っ張り出してきたのか本当のところはわからないが、直球とは言えないものの、関連付けるのは当然だろう。

本作はアメリカ公開で、自主製作ならではのやり方で、鑑賞料金を寄付制にした。
きっと、トランプは本作のことを知らないし、興味もないだろう。
映画「サウンド・オブ・フリーダム」はいま日本でも配信中で、観るべき作品。
ヒロインが太鼓で歌う音楽少女であることを忘れてはならない。
自由を求める少女たちのサウンドがテーマとして響く。

次に、同じ大変な環境に置かれる少女でも夢がある物語「1975年のケルン・コンサート」は、これも実話の映画化。
最近は、音楽映画のドキュメント、バックステージものでも、主人公がミュージシャンではない斬り口がある。
ビートルズを導いた「ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男」(2024年、英)は、もちろん、かの人身売買のエプスタインとは関係なく、ビートルズを世に送り出したエネルギッシュなマネジャーの物語。
主役はマネジャーなので、ビートルズの面々は、似た俳優がうっすら登場するという演出が、いまひとつの感だが、特定のミュージシャンをむきになって、アピールしまくる裏方の存在もクローズアップされる価値がある。
とかくアーチストは営業が下手だから、といって、マネジャーとの現実は金銭をめぐるタラブルも起こりやすいのも確か。

話を戻すと、新作映画「1975年のケルン・コンサート」(2025,独、ポーランド、ベルギー)は、ヒロインがみずみずしく、はつらつとして、若いティーンエージャーだ。この実在のヴェラ・ブランデスの存在も女優のマラ・エムデも私は知らなかったが、みるみる物語に惹きつけられていく。新進女優かと思ったら、子役から17年もキャリアがある女優だったのも信じられない。

オープニングは、パーティーで仲間と楽しむ妙齢の主人公のところに、裕福な父親が訪ねてきて、皆の前で「うちの娘は、医者にでもなんでもなれたのに……」と音楽業界で働くことに不満をぶちまけるところから始まる。
音楽業界は、どんなに気分よく生きていても、サクセスしていても、親の満足は得られないことが多い。あるあるのシーン。

そして、彼女の過去の少女時代の物語へと展開する。
15歳の歯科医の娘が、理解のない親に反発しながら、ジャズ・バーで老爺ロニー・スコットに声をかけたことから、ツアーの企画をやってみないかと軽く頼まれ、彼女は本気で売りこむ仕事を初めようと決意。
人気も落ちた老バンドをあちこち売り込みの電話をかけるうちに、たまに会場側がひっかかってくれることもある。
プロモーターとして営業の第一歩だ。

映画のメインは、18歳になったヒロインが、キース・ジャレットのコンサートにチャレンジするも、現場で用意されていたはずのベーゼンドルファー・インペリアルがなく、本番直前までキャンセルの恐怖で死にもの狂いになる物語。
いま目の前にあるピアノは、中央の黒鍵は硬く、ペダルは効かないオンボロ。
だれがこんなもので弾けるのか? ノーをつきつけるキースの心情を知りながらも一か八かの挑戦に出るしかない。

責任におしつぶされそうな少女が、いかに無理難題を解決するのか?
ケルンのオペラハウスで、ピアノはいかに差し替えられるのか、はたまたキースの気分を変えることはできるのか?

このあたりのドタバタ劇がスリリングで、ヒロインと仲間たちの音楽に対する真摯な気持ちが伝わる。
関わる人々の純粋な緊張感が一体になり、最高のコンサートとなった伝説の物語。
奇跡の音が生まれる瞬間を観た気がする作品だ。

人は様々な環境に生まれる。
どんなところであれ、少女たちに自由を。
大人はただ、少女の清い夢を手助けし、支えればよい。
大人は、自分の満足や支配欲で、少女の自由を奪うな。
それだけは言いたい。

 

MOVIE Information

「1975年のケルン・コンサート」
4月10日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー
(2025年/ドイツ、ポーランド、ベルギー/ドイツ語・英語/116分/カラー/1:85:1/5.1ch)
© Wolfgang Ennenbach / One Two Films
原題:KÖLN 75
配給:ザジフィルムズ
監督:イド・フルーク
製作:ソル・ボンディ
エクゼクティブ・プロデューサー:オーレン・ムーヴァーマン
出演:マラ・エムデ、ジョン・マガロ、マイケル・チャーナス、アレクサンダー・シェアー
◆公式サイト:https://www.zaziefilms.com/koln75/
◆公式X:@koln75JP

 
木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

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