クラリネット記事
The Clarinet 52号 特集│バスクラリネットの魅力が面白いほどわかる!

ただいまロッテルダム音楽院でバスクラ修行中!

現在ロッテルダム音楽院のバスクラリネット科にはオランダ、ドイツ、スペイン、ポルトガル、アメリカ、コロンビア、ブラジル、日本、スペイン、ドイツなど様々な国の学生が在籍しています。

バスクラリネット科 マスタークラスバスクラリネット科 マスタークラス

バスクラリネット科の学生は日本でいう大学院生が大半で、学士課程に在籍する私は最年少です。オランダに来てからはクラリネットをNancy Braithwaite(ナンシー・ブレイスウェイト)、バスクラリネットをHenri Bok(ヘンリ・ボク)に師事しています。バスクラリネットを専門的に勉強するといってもなかなかイメージが湧かない人も多いと思いますが、その前にバスクラリネットの歴史について少し触れておこうと思います。

バスクラリネットの歴史を語る上で欠かせない2つの大きな出来事は、1955年にチェコ人のバスクラリネット奏者ヨゼフ・ホラークによって行なわれた世界初のソロ・バスクラリネットリサイタル。そして1972年のオランダ人バスクラリネット奏者ハーリー・スパーナイのガウデアムス国際現代音楽コンクールでの優勝です。どちらもソロ・バスクラリネットの国際的地位を高め、バスクラリネットのオリジナル作品が生まれるきっかけを作りました。著名な作曲家としてはヒンデミット、ベリオ、ブーレーズ、ファーニホウ、シュトックハウゼン、クセナキス、イサン・ユン、カーゲル、ドナトーニなどが作品を残しています。そしてスパーナイのガウデアムス国際現代音楽コンクール優勝を受け、世界で初めてのバスクラリネット科を創設した学校がロッテルダム音楽院です。当初はスパーナイが教鞭を執っていましたが、その数年後には私の師匠であるヘンリ・ボクへと受け継がれました。

その後、ヘンリ・ボクもヨーロッパのみならずブラジルやアメリカ、中国、タイやバンコクなどで国際的な活躍を遂げるとともに、ヘンリ・ボクはホラークとも個人的な交流を深め、彼の音源や楽譜などの貴重な情報を引き継ぎ、彼の功績を語り継ぐことのできる数少ない1人となりました。ヘンリ・ボクはオランダとチェコで起きたバスクラリネット革命に精通し、自らもソロ・バスクラリネットの歴史を築いた張本人でもあります。私はそこに魅力を感じてロッテルダム音楽院を選びました。ヘンリ・ボクはその功績を讃えられて2014年5月にオランダ国王からナイトの勲章を授与されました。今ではオランダ、ベルギー、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、フィンランド、アメリカなどの音楽院でバスクラリネットを専攻、または副科で勉強できるようになりました。また、先ほども述べたようにバスクラリネットのオリジナル作品は今では膨大な数になり(私はオランダに来てからの2年間で150を超える作品を集めることができました)、バスクラリネットのソロ活動はますます盛んになってきています。

 

アンブシュアを意図的にコントロール

 

ここからは本題に戻ってロッテルダム音楽院での活動を少し紹介したいと思います。まずヘンリ・ボクのレッスンについてですが、彼のレッスンでは一部の例外を除いてクラリネットやチェロの編曲作品は演奏しないので(エチュードとして使うことはあります)、レッスンで扱う楽曲の多くは現代音楽になります。ここからは本題に戻ってロッテルダム音楽院での活動を少し紹介したいと思います。

バスクラリネット10重奏バスクラリネット10重奏

ヘンリ・ボクのレッスンは毎週1時間ありますが、細かい指摘が多く、曲が進まないことがほとんどです。というのも現代音楽の場合は複雑なものも多く、楽譜の細部にまでこだわると数小節にとてつもない時間がかかることもあるからです。ただその反面、それぞれの作曲家のスタイルや言語をより深く学ぶことができますし、何より彼の情報量は膨大で、毎回のレッスンは非常に有意義なものです。

また、日本とオランダで教え方が大きく異なる点もいくつかあります。例えばアンブシュアについて日本では下唇を引っ張り、下顎を整えてアンブシュアを作りますが、オランダでは下唇を引っ張らず、下顎は骨格ごと下げるように指導されます。舌は口の上側に置くようにするのが主流です。そして最も大きく異なることはアンブシュアを動かすという点です。動かすというのはアンブシュアを意図的にコントロールすることで、音域や奏法によってアンブシュアの形やリードに対する位置を変えます。オランダに来た時はものすごく違和感を感じた指導法でしたが、これにはきちんとした理由があり、これまでに受けたマスタークラスでもアメリカ、ブラジル、ポルトガル人の先生方が異口同音に同じ指導法を提唱されていました。その他クラリネットのレッスンや、少人数の楽曲分析、ソルフェージュ、ピアノのレッスンがあり、特にクラリネットのレッスンと楽曲分析の授業は学ぶことが多く大変役に立っています。また月に1回ほど行なわれる木管楽器のみでのオーケストラレッスンでは、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団やロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団で活躍する先生方のレッスンを受けることができます。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

 

カリキュラム
1年 バスクラリネット、副科ピアノ、和声、楽曲分析、専属伴奏者とのレッスン、音楽史、ソルフェージュ、アナリーゼ・テクニック(音楽理論の実践的な授業)、木管楽器のみのオーケストラのレッスン、合唱、オーケストラ等のプロジェクト、室内楽(1年後期より)
2年 上記のカリキュラムと同じだが、合唱とアナリーゼ・テクニックがなくなる
3年 副科ピアノと木管楽器のオーケストラレッスンがなくなり、代わりに論文と指導法の授業が加わる
4年 卒業試験で演奏する曲の楽曲分析やプレゼンテーション、卒業試験(リサイタル)ほか

 

他にも室内楽やオーケストラの授業などロッテルダム音楽院のカリキュラムは充実したものですが、学生の多くは学外での活動を非常に活発に行なっています。学外活動の中には卒業後のキャリアに結びつくものも少なくなく、この点は日本の音大生も見習うべきだと思っています。私の場合は作曲家との交流を大切にしています。例えば去年だけでもメキシコ、ボスニア、ノルウェー、オランダなどの作曲家から委託作品や演奏依頼をいただき、平均すれば月2回以上は学外での演奏機会に恵まれました。

NJO(オランダ・ナショナル・ユース・オーケストラ)NJO(オランダ・ナショナル・ユース・オーケストラ)

またオーケストラでの活動にも力を入れていてNJO(ヨーロッパからオーディションで選ばれた30歳以下の奏者で結成されるオランダ・ナショナル・ユース・オーケストラ)の冬季ツアーや、ロッテルダムフィルのエキストラのお仕事もいただくことができました。NJOではアムステルダムのコンセルトヘボウなどの世界的な有名なホールで演奏できたほか、木管楽器のコーチが元コンセルトヘボウの奏者ということで非常に充実したものになりました。

ロッテルダムフィルの時は、楽器を出したら即初見でリハーサルという状況でしたが、一流のオーケストラに入って演奏してみると自分の未熟さを痛感する部分もありました。けれどもこうした機会はすべてバスクラリネットを専門としていたからこそ得られたものなので、少しずつですが手応えも感じてきています。最近ヨーロッパの音楽院では特殊楽器のレッスンが盛んになっています。これはオーケストラでの演奏を想定したものですが、例えばイングリッシュホルンやピッコロ、B♭クラリネット、バスクラリネットを専門とする先生のレッスンが行なわれるようになってきているので、今後はオーケストラにおけるバスクラリネットのあり方や教育の仕方が変わってくるかもしれません。


最後にお知らせですが、現在「バスクラリネット奏者のための現代奏法の手引き(仮称)」を執筆中です。これは最高音域の運指表、様々な奏法の解説、曲のリスト、バスクラリネットの詳しい歴史について解説した本で、ヘンリ・ボクの「New Technique for bass clarinet」を私が翻訳し、日本人用に情報を付け加えたものです。「Newtechnique for bass clarinet」は長年、世界中のバスクラリネット奏者、作曲家に重宝され、ソロ・バスクラリネットの発展を影で支えてきました。私自身まだまだ勉強中の身ですが、「バスクラリネット奏者のための現代奏法の手引き」によって日本のバスクラリネット界に少しでも貢献できたらと考えています。現在は日本国内にもすでにたくさんの素晴らしい奏者がいらっしゃいますし、バスクラリネット科を設立する音楽大学もでてきました。今後年齢や経験の差を問わずより多くのバスクラリネット奏者が積極的に活動することで、バスクラリネットの活躍の幅はどんどん広がっていくと信じています。

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