木村奈保子の音のまにまに|第53号

インド映画と奇妙な果実

今年のアカデミー賞(第95回)で、最も期待している賞は、インド映画「RRR」の作曲賞(主題歌賞)だ。「Naatu Naatu(ナートゥ ナートゥ)」(作曲者:M・M・キーラバーニ)は、すでにゴールデングローブ賞では、主題歌賞を獲得している。

映画の舞台は、イギリス植民地時代のインド。
ある日、清らかな歌声を持つインド人の少女が、総督夫人の気まぐれにより家族から引き離されてしまうところから始まる。

少女を助けるべく立ち上がった部族の英雄は、様々な展開を経て、ついに総督夫人の宮廷に入り込む。
パーティー会場で、敵と知らずに出会った男とコンビで急に踊る曲がこれ。
歌詞を記述すると……

フラメンコでもサルサでもない、“ナートゥ”~♬

土煙を上げて猛進する雄牛
母紙に捧げる軍神の踊り

それは、英雄の歌、それは故郷のダンス。

刺激の強いインドの歌。
切れ味鋭い野生のダンス。

という歌詞だけでも、ダンスの映像が浮かんでくる。

この歌を、20歳前後の若者ではなく、中年ともいえる主人公の男性二人が、信じられないスピードで、双子のようにアウンの呼吸で踊る。
極めたダンス技術あってこその作曲といえるだろう。

世界に通じる曲作り、インド映画の特質であるダンスを、独自のリズムで更新させていき、新しい形にしていくなかで、物語は常に階級や差別社会をベースにすることは変わらない。

監督(脚本も)は、この物語を英国領インド帝国に立ち向かった実在の英雄たちに重ねて描いたという。まさに大衆映画の力は、芸の技だけでなく、そのエネルギーは、こうした社会的背景の中で育まれたものだろう。

ただ、歌っているのではない、ただ踊っているのではない。
エネルギーのある音楽、ダンスは、何かを伝えようと叫んでいる。
だから、パワフルになる。

それにしても、インド人は首を左右に振りながらしゃべるのが興味深い。
黒人もそうするが、持っているリズムが違うから、別の振り方だ。
しゃべっているうちから、歌いだしそうな、踊りだしそうな雰囲気を醸し出す。

以前、マイケル・ジャクソンを踊る人々が世界中に現れ、中でもアメリカズ・ゴット・タレントという番組で、インドのリズムに変換したマイケル・ダンスを踊るインド人が人気を博したことがあった。
この人に私はハマってしまい、ちょうどマイケル・ジャクソンをモチーフにしたミュージカルを演出中だったため、インドリズムのマイケル・ダンスを出演者に踊ってもらったことがある。

インド映画は、たくましいヒーローときらびやかな美女があっけらかんと踊ってナンボというイメージから、昨今は、踊ればいいってもんじゃない方向へと展開し、その分、社会的テーマを持つジャンルへと広がりを見せている。

「QALA」(「カラ」インド、2022、Netflix)は、母と娘のねじれた関係を軸に、音楽と成功を扱うセラピー映画。
成功者の母親は、娘に立派な音楽教育を受けさせるも、彼女に期待するほどの才能は感じられず、面白くない。
娘はというと、自分でも才能に自信はなく、やる気も薄い。
そんな娘の歌の発表会に、貧しい育ちの天才少年が現れる。

母親は、見ず知らずの少年の天性の才能に惚れ込み、彼に心を移してしまう。
他人の天才芸に心奪われ、娘に対する愛情がいっぺんに覚める母親の豹変ぶりには、驚かされるほど。芸術を愛する親は、他人事ではないかもしれない。

さっさと嫁に行かされそうになった娘は、急に音楽に対する意欲を見せるが……。
彼女は、実際音楽どころか、ただ、母親に愛されたかっただけなのだ。
さあ、母娘と天才少年との3人の同居生活が始まる中、娘が思い立った、信じられない行動とは?

自分の子供に芸を磨かせ、ビジネスに使う親も、子供に対する虐待の一環になりうるが、本作では、才能のない子供に烙印を押して、他者の才能だけに愛情を注ぐという母親の残酷な行動が描かれる。

インドでは、歌やダンスに才能があると、スターへの道が大きく開かれる。
興味深いのは、その芸能界に女性が入ろうとすると、“娼婦”になると母親から告げられるところ。

チャンスを得ようとする最も大事な瞬間に、男性の権力で、女性アーティストは、手籠めにされてしまうことをさらりと見せるシーンもある。

一方、貧しい階級の天才少年は、まるでビリー・ホリデイが歌う“奇妙な果実”に重ねられるような悲劇として描かれることも強く心に残る。

生まれながらに女性であることも、貧しさのなかで生まれた階級の男性も、差別される存在であることが、物語の土台としてある。

こんな重いテーマを持ちながら、少年の清い歌、音楽の美しさが、悪しきものをすべて吹き飛ばすほど、作品に力を与えている。
本作は、これでもか、とエンターテイナーの磨いた芸の魅力を披露するのではなく、魂の救済を訴えるような静かなエネルギーにあふれている。

もしかして、少年のバラードを聞いただけで涙が出てくるのは、この映画に描かれたすべてのドラマが、彼の歌の中に込められているからだろうか。

〈追記〉
*“奇妙な果実”は、ビリー・ホリデイが1939年に録音した曲で、どんなに人気が出ても、白人の前で歌うことは禁止された歌。
ブラック・ライブズ・マター事件でも、黒人の間では禁断の歌が再燃している。

MOVIE Information

「RRR」(2022年、インド)
[監督]S・S・ラージャマウリ
[出演]N・T・ラーマ・ラオ・Jr.、ラーム・チャラン、アジャイ・デーブガン、アーリアー・バット
[原題]RRR
[配給]ツイン

「QALA/カラ」(2022年、インド)
[監督]アンヴィタ・ダット・グプタン
[出演]トリプティ・ディムリ、スワスティカ・ムカルジー、バビル・カーン、アミット・シアル、サミール・コーチャル
[原題]Qala
[配信]Netflix

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

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