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バス停でバスを待つように、いい音色を待つことはできない

THE FLUTE 145 Cover Story

ハンブルク北ドイツ放送交響楽団フルート奏者で、ドイツを代表するフルーティストのユルゲン・フランツ氏。ドイツに生まれ育ちながらフランスのスタイルに憧れ、ジャン・クロード・ジェラール、マクサンス・ラリューといったフランス人フルーティストに師事した経験を持つ。とはいえ、「昔はともかく、現在は、演奏スタイルがグローバル化している」と話すフランツ氏。写真から想像していた強面でシリアスなキャラクターを覆すフランクな人柄で、気さくにオーケストラのことやコンクールについてなどを語ってくれた。
インタビュー:清水理恵(フルーティスト)、写真:土居政則、取材協力:ドルチェ楽器管楽器アヴェニュー東京

ランパルを聴いて目指したスタイル

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フランツさんがフルート始めたきっかけを教えてください。
フランツ(以下F)
実は、父親の影響なんです。父は教師で、学校の吹奏楽団の指揮者をしていました。それまではピアノを習っていたのですが、12歳のときに「そろそろ吹奏楽団に入ってみないか」と父に誘われたのです。私も仲間と一緒に演奏することにとても興味があったので、「ぜひ入りたい!」と返事をしました。父はクラリネットを吹いていたので、「クラリネットにしなさい」と言いました。しかし、クラリネットを練習し始めて3週間で、いやになってしまいました。私にとっては、フルートの音色のほうがはるかに魅力的だったのです。早速フルートに変えて練習し始めたら、みるみる上達しました(笑)。
ユルゲン・フランツ
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フルートは独学で始めたのですか?
F
いいえ。フルートを吹ける先生が学校にいたので、その先生に教えてもらいました。先生からもらった楽譜が、マルセル・モイーズの「ソノリテについて」です。もちろん、当時はその楽譜の本当の意味がよくわからなかったのですが、私はとてもラッキーだったと思います。その後は、フランクフルトの音楽院で、オペラのオーケストラで演奏していた先生に学びました。大学は、フランクフルトで5学期間在籍した後、ジャン・クロード・ジェラール氏に師事するため、シュトゥットガルトの大学に移籍しました。
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なぜ、ジェラール氏のようなフランスの先生に師事したのですか?
F
13歳のときに、母の友人がフルート協奏曲を収録した2枚組のアルバムを貸してくれました。モーツァルトのト長調、メルカダンテのホ短調、シュターミッツなど美しいコンチェルトばかりが収録されていて、なんと演奏者はランパルだったのです。もうおわかりでしょうけれど、それ以来私の目指す演奏は、フランスのスタイルになりました。
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マクサンス・ラリュー氏にも学んでいますね。
F
ジェラール氏に学んだ後、ジュネーヴでラリュー氏に師事しました。ラリュー氏独特ともいえる、エレガントでチャーミングなフランスのスタイルを学びたかったのです。プロとしてオーケストラで演奏するようになっても、私は学び続けました。サー・ジェームズ・ゴールウェイ氏の夏期講習に毎年のように参加しました。ゴールウェイ氏は、プライベートでもホテルや家などで、常に快くレッスンをしてくれました。私のフルート演奏に多大な影響を与えたのが、その二人なのです。(次のページに続く)

次のページの項目
・音楽を“文化”として続けていくこと
・バイクと家族と、ピッコロと……
・ONLINE限定:ドイツの伝統を引き継いだ、素晴らしいオーケストラ

Profile
ユルゲン・フランツ
ユルゲン・フランツ
Jurgen Franz
ハンブルク北ドイツ放送交響楽団フルート・ピッコロ奏者。ピーレフェルト・フィルハーモニー管弦楽団フルート奏者、シュトゥットガルト・管弦楽団首席フルート奏者を歴任した。その傍ら、バイロイト・ワーグナー音楽祭祝祭管弦楽団、トスカニーニ交響楽団などでも活躍するほか、ベルリンフィルなどにも定期的に客演奏者として招かれている。
ブラディスラフ・ブルンナー、ジャン・クロード・ジェラール、マクサンス・ラリュー、ジェームズ・ゴールウェイの各氏に師事。ハンブルク音楽院、ミラノ・フルート学校にて教鞭を執るほか、各国でマスタークラスを開くなど教育活動にも力を入れている。

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