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アートと社会問題……2020年の幕開けに

木村奈保子の音のまにまに|第16号

あけまして、おめでとうございます。
本年も、時代と映画と音楽のエッセイを!

2019年の音楽映画といえば、グリーンブック(アカデミー賞作品賞含む5部門受賞した黒人ピアニストが主人公)、ブルーノート・レコード ジャズを超えて(’ブルーノート・レコード’設立80周年を記念して製作されたドキュメンタリー)、ビル・エヴァンス タイム・リメンバード(ビル・エヴァンスのドキュメンタリー)は、本寄稿でも紹介した。

加えておきたいのは、ダニー・ボイル監督の「イエスタデー」。ビートルズの曲がこの世に存在しないことになっている世界で、自分だけが知っているという奇想天外な発想で展開するフェイク・ヒーローの物語。ヤボな男が、ギター1本で自分の手柄のようにビートルズの曲を披露しながら、感動を巻き起こしていく。スクリーンいっぱいに、ビートルズ愛を奏でる映画人たちの心意気で、ほのぼのさせる作品だ。

すごいのは、こういう音楽映画で、感動させるだけの魅力を発する、音楽センスの高い俳優がいることだ。主役のヒメール・パテシュは、ほぼ無名の俳優で、歌手でもない。にもかかわらず、重要な歌い始めの瞬間に、アッと言わせる。
実にいい歌を聴かせる。英国人だが、インドの血筋である。
ビートルズとは何の関係もないような歌い方と存在感で、ドラマの中に見事に溶け込んでいくから、楽しい。

日本では、こんな高いクオリティの音楽映画を作ることは決してできない。いや、作ろうともしてないようなところが、はがゆいといつも思う。
竹中直人と西田敏行以外で、音楽的な映画に堪えうる俳優を私はほぼ知らない。

一方、大ヒット作「ボヘミアン・ラプソディ」(2018/英米)は、エジプト系の俳優、ラミ・マレックが、フレディ・マーキュリーのカバーのりで歌っているようだが、やっぱり本人の個性らしきものがあふれ、ものまねを超えるパワーを発揮している。

音楽映画では、ドラマ仕立ての場合、俳優としての力量とそれを超える“音”を発しなくてはならない。海外の俳優では、有名無名を問わず、それを裏切ることはまずないから安心で、俳優たちの音楽的な力量には敬服するばかりだ。

もうひとつ、2019年は「ホイットニー~オールウェイズ・ラブ・ユー〜」が本人のドキュメントで公開された。ドラマ仕立ての「ボディガード」と違い、ホイットニーの演技はない。本人の歌と舞台裏、私生活を中心に、残された映像と周辺の人々のコメントで構成されている。

ホイットニー

天をも突き抜けるような彼女の歌声は、もはや神がかりで、どこに連れていかれるのかわからないほど広がり、魂に響く。
(余談だが、私もクラシック楽団の演奏会で、「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラブ・ユー」を歌ったことがあるのだが、自分の人生で謝罪するとしたら、このときのことだろうと思う。^0^)。

さて、音楽ドキュメント映画の役目は、歌手の肉声を集めてまとめるのではなく、アートを生み出す人の心の闇、周辺に生きる人々の存在に迫ること。音楽は人が生み出すものであり、その人の生身の人生をたどっていく作業を共有する醍醐味がある。

なかでもホイットニーについて、興味深いドラマは、男女関係にある。天才ホイットニーの存在が社会的に上昇する一方、夫、ボビー・ブラウンとの格差関係で、悩みとトラブルが始まる。ホイットニーは、愛する男性を引き立てたいあまり、自分の力を使って歌手である夫の仕事を売り込むも、まるで勝てないから焦る夫……。それでも、彼女は夫のご機嫌を取り、薬物も共にした。

どうして、才能ある女性が、愛に溺れ、尽くしすぎてしまうのだろうか?
なぜ、男は社会的に経済的に、自分が上にならないと気が済まないのか?
稼げる女性をなぜ、素直に尊敬できないのか?
人種を問わず、古い男女関係にとらわれて、愛を壊してしまうことがある。

昨今、同じような関係を沢尻エリカに見た気がする。

さて、ホイットニーの苦悩のそもそもは、家族との関係もある。ホイットニーの稼ぎぶりから、仕事をしない家族や親せきも集合する。

いざとなったら、ホイットニーを死に至らしめるほどの薬物中毒から、誰も救おうとしない。更生施設内で支払いができずに、自らツアーを組むときの彼女の痛々しさは、見ていてつらい。これまで周囲は相当の恩恵を彼女から得てきたはずなのに、いざとなると、本気で助けるエネルギーをもつ人もいないのだろうか。

そして本作では、ホイットニーがスクリーンの中で、衝撃の告白をした話が、親友の口から飛び出る……。その内容とは?

ホイットニーが息を引き取ったLAのホテルは、グラミー賞授賞式が行なわれるところで知られるが、私も思いをはせてこのホテルに泊まった。

それにしても、多くの天才ミュージシャンが薬物で命を失った。彼らの心の闇を音楽映画で数多く見てきたが、アーチストを深い悩みを抱える人間として描くセラピー作品が多い。音楽にかけるエネルギーと集中力、才能は半端なく、だからこそ、それ以外のことは普通の人と比べて何かが欠けているようなのだ。

それにしても、日本では芸能人の薬物というと、一斉にバッシング体制に入るが、それによって過去の作品を汚れているとしたり、なかったことにしようとする。一般の人々の慌てふためき方は尋常ではないように見える。

アートの観客である我々は、何様なのか?
美しいアートを提供してくれた一人の人間が、深いぬかるみに落ちたのだ。我々凡人は、何のリスクもなく、美しい芸を鑑賞しているだけだ。そこから、感動やパワーや、多くのものを得てきたはずだ。フレディ・マーキュリーがゲイでも、薬物中毒でも、エイズでも、映画で見たとき、だれもが彼の音楽人生を受け入れただろう。

そもそも、芸能の世界は、優等生の集団ではないはずだ。生い立ちや環境含め、一般人ができることができず、できないようなことができるのがアーチスト、芸能人の魅力ではないか。

もちろん、薬物は違法で、使用するのは犯罪なのだから法の下に裁かれるのは仕方ない。それを受け入れるしかなく、それ以上でも、それ以下でもないだろう。
未来は、周囲の人間がどれほど人間性をもってサポートするかにかかっている。

さて、映画の中でホイットニーの親友が口走る秘密とは、性的なもので、ドキュメントを見た家族が「それは事実ではない。たとえ事実でも、公然と知られるべきものではない」と怒る内容だった。

昨今のハリウッドでも話題となった #MeToo(ミートゥー)運動から、性的ハラスメントを訴える時代になった。性的被害は公言するとなぜか、被害を受けた女性のほうが恥ずかしい思いをさせられる。その壁を破ろうとしているのが、この運動である。

日本では、就職活動の相談で、放送局記者にレイプされた女性ジャーナリストの事件で、民事勝訴したニュースが新しい。刑事事件として逮捕直前に政治的な力で、不起訴となった疑惑が報じられる一方、世にある就活セクハラ問題も重なり、ただの男女間「レイプ」よりも問題の根が深いと思われる。ただの男女間というのは、立場的にメリット関係のない、酒場で出会った男女のような関係のことだ。

映画「告発の行方」(米・1988)では、ジョディ・フォスターが、たっぷりの色気で自ら酒を飲み、セクシーな服装で知らない男をダンスに誘ったことがきっかけで、数人から輪姦される。こういう遊び女、酒場という状況だからといって、周囲の男性が彼女を無理やり犯していいはずはないのである。女性弁護士が、彼女のために戦いぬく物語。アメリカでは、20年以上も前の時代感覚がこれである。

日本のこの種の事件では、酒場で出会った対等な関係よりも、学校内や就職活動など、上下関係や権力がからむ上でのセクハラ展開が珍しくない。まして、お酒が入ると危険度が上がるとはいうものの、相談する側の女性は安易に断れない。

一方、「酔わせた女性をなんとかしてみたい」と願う男の願望は、実際のところ聞き飽きるほど聞いたが、ほとんどの男性は願望に過ぎないことを知っている。
この一線を平気で超えられるのは、仕事を与える権力を持ち、そのカードを使うことを恥と思わない、理性を失った男である。何より、女性が「就職の相談をする」目的を伝え、互いの上下関係を明確にしている以上、男は二人で時間を共有できても、決してモテているわけではない。
にもかかわらず、酔った女性は、落ち度があると政治家からたしなめられた。
看板を持つ男性は、就職という目的を持つ女性と関係を持ったら、何を要求されるかわからない、と警戒しないのだろうか。用もないのに酔った女性を部屋まで入れてしまうとは、男の落ち度のほうがよほど大きいではないか?

仮に女性側の枕営業にでくわしたとしても、自らの地位で、仕事が欲しい女性のお誘いを受けるのは、その権限を持つとみられる一社員として公私混同であり、お金に例えれば、収賄罪と言えるのではないか。そんな共益関係が、これまで男社会で密かに認められてきたのは、女性の役割をしょせん性の道具、賄賂代わりの役得という歪んだ考えでしかとらえていなかったのだろう。

結局、性的武器を利用する女性も、それを受け入れる男性も社会にとっては害でしかない。そういう悪男、悪女がいる限り、そうでない善良な男性が勘違いされたり、まじめな女性が疑われるはめになる。
フェミニズムは、男女差別の撤廃を目指すもので、決してすべての男性を排除したいわけでもなければ、女性だけの世界で生きたいわけではない。

ただ、進みゆく社会の男女間で、公私をしっかりと分けて、性的な関係を仕事に持ち込まないでほしいのだ。それがずるずるになったままでは、女性の自立も男女平等もない。

性的事件は、今後も実社会でテーマを投げかけながら、進展していくだろう。

 


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