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「楽器箱」と正義と…

木村奈保子の音のまにまに|第17号

最近、ニュースで「楽器箱」というニッチな存在が報道エリアに登場した。
カルロス・ゴーンの逃亡事件で、楽器ケースに入って出国したというニュースが飛び込んできたのだ。ミュージシャンのツイッターでは、さすがにどの楽器のケースなら人間一人が入るか、を知っているので、初期にウッドベースのケースではないか、と広まった。

私のブランド、NAHOKでも開発当初はウッドベースのソフトケースを作ったこともあったので、あれなら入る、と思った。
すると、あるテレビニュース番組で、チェロケースの写真が出ていた。120cmくらいの高さです、とわざわざサイズ付きで説明していたが、そこに大人の人間が入るわけがない。ウッドベースと間違えたのだろう。
まったく、楽器のサイズ感も知らないまま出演者もスタッフも、放送するのだから残念だ。

その後、実際に使用したのは、音響機器の四角いハードケースと知らされた。それも、息ができるように、それなりの加工がされていたのだ。

ちなみに、バスドラのケースも人ひとり、入るサイズ。ドラマーが、実際に加工なしのバスドラケースの中で、ひと眠りしたこともあると言っていた。

楽器ケースを中心に面白おかしく話題が展開して、ヤマハは、こうした事件をきっかけに、子どもたちがケースに入って遊ぶことを危惧して、注意勧告していた。

「楽器ケースに入るのではなく、入っている楽器で演奏しましょう!」
「楽器ケースは、楽器を入れるもので、人間を入れるものではありません。」

どうせなら、こういうキャッチでも良かったのではないだろうか?

映画のような?! 脱出劇

それにしても、ニュースでは文字数の都合もあるだろうが「楽器箱」とか「音楽隊」とか、こんな表現を使っているのは、古臭い。クリスマスに呼ばれて演奏する人々は、自衛隊メンバーとは思えないから、音楽家、バンド、演奏家、ミュージシャン、楽団などが望ましいのではないか?ニュースでは、ほとんど音楽に無縁の人たちが書いているのは明らかだ。

さて、こうした外野トークが盛り上がる中、ゴーン事件はまだ解決していない。

私は、代理店の広告審議委員として見てきたなかで、自動車メーカーが最も洗練されたCM映像を提供してきた、憧れのジャンルだと思っている。その代表的な日産、トヨタの社内でいずれも、映画の講演を私は行なった。特に日産は、ゴーン氏が華々しく活躍した頃だった。
外国人ビジネスマンが、業績の悪い日本の大企業を救う能力があるというのは衝撃だった。まさに、アメリカ映画の発想だから。

昨今、ゴーン事件は、日本のニュースやバラエティの司会者、ゲスト出演した弁護士、文化人、タレントなど一律同方向の報道体制のせいで、ほとんどの一般人も「犯罪者ゴーン」のイメージを払しょくできていない。そもそも罪状の中心が「有価証券報告書の虚偽記載」など事件の内容が庶民の頭で理解できないから、「悪そうなおじさん」イメージで固めて、庶民を安易に誘導したのである。

本来、ゴーンをトップから引きずり下ろすのは一企業の社内案件であるはずなのに、企業役員が、政治家や検察を巻き込んで司法取引きまでして、国際的な刑事事件へと広げたのはなぜなのだろうか。

そもそも、海外にいたゴーン元会長とケリー副社長を緊急会議のため、と日産側が嘘をついて、急遽日本に呼びつけ、飛行場に着いたその足で逮捕しようと奇襲攻撃を仕掛けた始まりから、不可解だった。そこまでしないと捕まえられない、知性のない凶悪犯なのか?

ゴーン事件は、例の脱出方法が映画のようだと言われているが、日産と検察側の奇襲攻撃作戦のほうが映画的だ。それはあまりに唐突で、驚かせる。
私がもし監督なら、ここから冤罪事件が展開する映画として衝撃性があり、演出として採用するだろう。このシーンだけで検察が企業の依頼を受けて、互いのメリットを享受するため、対象者に戦いを仕掛けていくドラマかもと私は、想像してしまう。

この事件についてもっと書きたいのだが、詳細は、初期からゴーン氏を冤罪と主張する検事出身の弁護士、郷原信郎氏の理路整然とした解説が興味深いので紹介する。
https://nobuogohara.com/

冤罪を作り出す権力社会を描く

さて、こうした冤罪の生まれ方がどのようなものなのか、今年1月から公開中のアメリカ映画「リチャード・ジュエル」(クリント・イーストウッド監督作)が分かりやすい。

リチャード・ジュエル

ゴーン氏のような富豪やねたまれる環境にない立場でも、こうした社会的な冤罪事件に誰もが巻き込まれないとも限らない。まさに、庶民の目から見た冤罪事件として描かれている。

それは、実際に起こったアトランタ・オリンピック(1996年)野外コンサートの爆破事件を題材にしている。
主人公は、バンドのライブコンサートでガードマンとして、たまたま爆弾を見つけた発見者。最初はマスコミでヒーローだと騒がれながらも、なかなか犯人が見つけられないFBIら捜査官たちによって、何の証拠も理由も不確かなまま、一転して、犯罪者に仕立て上げられてしまう。注視したいのは、本気で疑われたわけではなく、手っ取り早く事件を片付けるため、犯罪者に選ばれただけだということ。ルーレットで的に当たったようなものである。

本作では、事件の全容を掘り下げるというより、冤罪を作り出す権力社会を見せる、善良な市民が巻き込まれたときの恐怖と対処法などが理解しやすい物語だ。89歳、イーストウッド監督の地味ともいえる演出、キャスティングに、社会的な問題意識が強く浮かび上がる。

自分にひとかけらの悪がなくても、権力によって的にされ、巻き込まれる「冤罪」の恐さ。ある日突然、権力筋から奇襲攻撃され、その闘い方を知らず助ける弁護士もいなければ、あっけなく人生は終わるだろう。
ここでは、主人公を信じる熱い弁護士が登場するが、実際は、どれだけの庶民がこんな弁護士に出会えるのかは、ちょっと疑問だ。
アメリカの弁護士映画では、後半で弁護士が正義を叫ぶ感動のスピーチシーンがたいてい見せ場として用意されているが、本作はそうした映画的な盛り上げ方を避けている。

善良な一市民が、検察のシナリオ通り「自白を強要される」姿、ひたすら騒いでマイクを向けるマスコミのヒステリックな姿がリアルに描かれる。
イーストウッドの正義感と権力に立ち向かう姿勢、映画人としての庶民意識は、89歳になっても健在だと安心する。

真実を貫くということ

冤罪といえば、日本では、いまだに未解決の袴田事件が気になる。
映画では、1996年の事件当時から、世界最長収監のギネス記録にもなった「袴田事件」の映画化「BOX袴田事件命とは」(2010、日本)がある。

袴田事件,BOX,命とは

そもそもの事件は、清水市の味噌工場を営む一家の強盗殺人放火事件で、従業員(元プロボクサー)が、その犯人に仕立て上げられるところから始まる。映画は、自白を迫られる袴田氏と、この事件を担当した裁判官の良心を軸に、冤罪が生まれる過程を見せていく。
無実を確信しながら裁判官多数決で「死刑判決」を書かされ、苦しみ、退職する裁判官の心情は、正義感にあふれ、国家権力側の人間としては嘘みたいに美しい。

この事件は、自白を強要された冤罪事件の典型で、その取り調べ時間は、毎日弁護士なしで長くて8時間、取り調べを受けたゴーン氏どころではなく、10時間以上もざらで、もっとひどい仕打ちを受けている。
しかも、のちにDNA鑑定など明確な証拠が判明しても認められず、刑事による証拠のねつ造までが明らかになり、それでもいまだに解決には至らない。多くの弁護士団体や一般の人々から応援サポートが続けられている。

人はいかに、冤罪のターゲットにされるのか?
後から、どんなに明らかな証拠が出てきても、考え直さない理由は何なのか?

当時、死刑判決を書いた裁判官、熊本典道氏が、現在81歳で昨年50年ぶりに被告(80歳)と再会したという。

「過ちを改めるに、はばかることなかれ」
ブログより~
https://kumamoto.yoka-yoka.jp/

熊本裁判官は、真実を貫けない罪の意識から、その後の人生を転げ落ちていった。
エリートたちは、人生をうまく泳げるように、過ちは何があっても認めたり、覆したりすることなく、いかなる真実を捻じ曲げてでも、自分の立場を守っていくのが正義なのだろうか?

エリートの沽券を保つために、庶民はあらゆる犠牲を背負っていくべき立場なのか?

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

N A H O K  Information

木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
問合せ&詳細はNAHOK公式サイト

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カール・ハインツ・シュッツさん
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私の近況
1月は、紀尾井ホール室内管弦楽団によるアンサンブルコンサート5 マーラー《大地の歌》~ウィーン・フィルのメンバーを迎えて~の楽屋で、カール・ハインツ・シュッツさんに久しぶりにお会いしました。勢いのいい演奏スタイルが際立っていました。今年、カールさんのフルートケースは、シルバーでキマリ!!

 


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