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藤井一興氏最後のインタビュー
紫園香X藤井一興 対談 「フルート&ピアノ・アンサンブルの魅力」
THE FLUTE本誌でもおなじみの紫園香氏は、ピアニスト・作曲家である藤井一興氏と長年共演を続けてきた。その藤井氏は2025年1月に病気のため急逝されたが、昨年2024年に二人は対談を実施。その内容をTHE FLUTE ONLINEでお届けする。藤井氏の最後の対談となった貴重なインタビューだ。
文・写真提供:紫園香
作曲家と演奏者
紫園
藤井さんはピアニストであると同時に作曲家でもありますね。
藤井
そうです。先日は紫園さんのリサイタル「西の風・東の精神(こころ)」で、私の作品『今賜るアッシジの聖フランチェスコの教え』(2024年発表)を世界初演してくれてありがとう。
紫園
いやぁ、本当に素晴らしい作品でしたね!
藤井
私があなたの音色に惚れ抜いて作曲しましたから。
特にあの曲の霊性は、あなたにしか表現できないと思う。
特にあの曲の霊性は、あなたにしか表現できないと思う。
紫園
ありがとうございます。でも確かに極限の、深い精神の世界でした。例えば人間には見えないことが神には見えているような。聖フランチェスコが語りかけてくるような。
藤井
そうなんですよ。あの四分音音程が連続するところなど、まさに聖フランチェスコが語っていた。
紫園さんは天才だから、私はいつも触発されています。
紫園さんは天才だから、私はいつも触発されています。
紫園
ありがとうございます。とても光栄です!


2021年紫園香フルートリサイタル(於:東京文化会館)にて藤井一興作曲「香る薔薇の雨降る聖テレーゼ」を演奏中。このリサイタルは音楽の友誌「音楽評論家が選ぶ年間ベストテン」の、2021年ベスト1位に選出。
メシアン先生から継承していること
紫園
藤井さんの先生、オリビエ・メシアン(1908~1992)からはどのような影響を受けていらっしゃいますか?
藤井
偉大な作曲家ですから、もちろん様々な技法も学びましたが、一番大きく影響を受けているのは信仰的なことかな。
紫園
メシアンもクリスチャンですね。信仰的な名曲が多く残っていますね。
藤井
そうですね。メシアンが向こうから歩いていらっしゃると光が見えた。まるで後光が射しているような……。「信じることができるのは幸せなこと」とよく仰っていました。
紫園
藤井さんもパリで毎日教会にお祈りしにいらしてましたね?
藤井
パリ8区の教会の鐘の音が「ゆるし」の音に聞こえてね……。
当時私はパリのコンセルヴァトワールで常にトップ、なんでもできる寵児とみなされて、自分でもそう思って活躍していたのだけれど、ある時「作曲というのはこういうものじゃない」と思ったの。
当時私はパリのコンセルヴァトワールで常にトップ、なんでもできる寵児とみなされて、自分でもそう思って活躍していたのだけれど、ある時「作曲というのはこういうものじゃない」と思ったの。
紫園
と言うと……?
藤井
How toを勉強しすぎたと言うか、何でもできちゃうのは良くない、と思った。心が荒んでしまうような気がしてね。それで毎日教会にお祈りに行っていました。メシアンの光は、人類を救ってくれる崇高な光だと思ったのです。
紫園
メシアンは、レッスン中でも涙をためてお祈りしていらしたそうですね。
藤井
そうなんです。パリは365日生活にお祈りがある。「おはよう」から「さよなら」までずっと信仰。素晴らしい教会が、そこかしこにあるし。教会の鐘が鳴り響くとメシアンは授業中でも手を組んで目に涙をためてお祈りしていらっしゃいました。忘れられません。
紫園
リジューにも思い出がおありでしたね?
藤井
そう。リジューは有名な聖地です。実は私はその先に広がる海に海水浴に行く途中だったの。でもね、リジューが近づいてきた時、街全体から発せられる言いようのない聖なる雰囲気を感じて、思わず下車しました。そして海水浴をすっかり忘れてリジューで過ごした。それは心が洗われるような体験でした。あまり素晴らしい体験だったので、今度は純粋にリジューを目指して旅行したほど。
紫園
その時の体験から、私の東京文化会館リサイタルのために作曲してくださった名曲『香る薔薇の雨降る聖テレーゼ』(2021年作)が生まれたのですね。リジューは聖テレーゼを生んだ土地ですものね。
藤井
そうなんです。私の曲『聖テレーゼ』は祈り、『聖フランチェスコ』は癒しがテーマになっています。
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