フルート記事 楽器と私たちの間には何の境もない。フルートは人生そのもの
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THE FLUTE 140 Cover Story|ローナ・マギー

楽器と私たちの間には何の境もない。フルートは人生そのもの

ARTIST

「最高の泥棒」から影響を受けて……

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ところで、今回のリサイタルのプログラムには、ヴァイオリン、ピアノ、歌の曲などからアレンジしたものが多いですね。
M
それは、ウィリアム・ベネット氏の影響が大きいのです。彼は「最高の泥棒」なんです(笑)! いろいろなところから、素晴らしい音楽を引き出してきます。フルートは、歌から学ぶことがたくさんあります。レイナルド・アーンやドビュッシーなど、フランスの歌曲のなかには、メロディの美しいものがたくさんあります。マルセル・モイーズ氏は、音色の発達のために、オペラやヴァイオリンのメロディから学ぶ方法を説いています。私自身もこれらの作品を演奏することで、フルート演奏を探求しているのです。
もちろんフルート曲でも、素晴らしい曲をラインナップしていますよ。たとえばイアン・クラークの『天空に触れて』は、私自身、大好きな作品です。イアン・クラークは、フルート奏者で作曲家でもあり、フルートのレパートリーに大きく貢献しています。『グレート・トレイン・レース』や『ズーム・チューブ』『ヒプノーシス』など、たいへん興味深い楽しい作品ばかりです。『天空に触れて』は、母親を思い出し、天国を想う気持ちを描いた作品です。指を少しずつずらして竹笛のような音色を出したり、フィンガーヴィブラートを使って、人間の声のような表現をしているので、悲しいときに誰かが泣いているように聞こえます。感情表現が奥深く、私は彼の作品の中で一番好きです。
ほかにも、彼は新しい作品をどんどん生み出しています。イアン・クラークが演奏するのを実際に聴いて、この作品をやりたいと思いましたが、新しいテクニックを習得するまでずいぶん時間がかかりました。
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今回、京都と東京で公演されますが、京都ではドップラーの『アデリーナ・パッティの思い出によるパラフレーズ』、東京ではヴィエニャフスキの『スケルツォ・タランテラ』と、それぞれの会場で別々の曲を1曲ずつプログラムされています。『スケルツォ・タランテラ』は、華々しい超絶技巧的なヴァイオリン曲ですね。
M
実は、私の夫はヴィオラ奏者で、クライスラーやハイフェッツなど往年の名ヴァイオリニストの録音を聴くのが大好きなんです。私も一緒にこの作品のハイフェッツの演奏を聴いていて、ぜひフルートで演奏したいと思いました。ヴィルトゥオーゾ的な作品ですが、メンデルスゾーンのような楽しさがあり、中間のメロディックな部分との組み合わせが良くできています。ちょっとスリリングですが、楽しい曲です(笑)。私がアレンジしました。
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ほかに、今回のラインナップにはどんな思い入れがありますか?
M
後半の最初に演奏するのが、シューベルトの『「しぼめる花」による序奏と変奏曲』です。1曲ぐらいは、フルートの 有名な曲がないといけないかな、と思ったんです(笑)。歌曲が主題で、抑揚が音色に表現され、限りない可能性を感じさせる曲です。私は一昨年亡くなったフィッシャー・ディスカウさんの大ファンで、彼が歌う『しぼめる花』はよく聴きました。この作品では、ドラマチックな序奏がお気に入りで、昔アカデミーで勉強していた頃の書き込みのある楽譜を今も使っています。

出会いと経験、そこから学んだこと

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さて、マギーさんのフルート人生についてお聞かせください。
M
8歳でフルートを始めました。2つきっかけがあります。一つはジェームズ・ゴールウェイさんの演奏をテレビで見て、その音色に釘付けになったことです。それから、ちょうど姉がヴァイオリンを始めたので、姉とは違う楽器を持ちたかったのです。
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プライベート・レッスンを受けたのですか?
M
いいえ。始めは、学校にもフルートを教えてくれる先生がいなかったので、教則本を自分で勉強しました。音が出るのに1週間かかりました。その後、木管楽器全般を教える先生が近くの高校にいたので、2、3年はその先生に習いました。11歳の時、先生からスコットランド王立音楽院のジュニア部門を勧められました。毎週土曜日にレッスンや合唱、オーケストラ、バンド、音楽理論、音楽史などを受講できるとのことでした。
その頃は乗馬をやっていて、馬のほうが好きだったのですが、奨学金を得てグラスゴーまで電車で毎週通いました。そこで、デイヴィッド・ニコルソン氏に出会ったのです。先生との出会いは、私の音楽人生をがらりと変えました。高い理想を持って、常に励ましてくださったのです。ジェフリー・ギルバート氏を師に持つ、たいへん美しい音色の持ち主でした。それからの6年間は、土曜日のために捧げた人生でした(笑)。
英国王立音楽院に入学してから、最初の1年間は美知恵・ベネット氏に、後の3年間はウィリアム・ベネット氏に師事しました。私は、素晴らしい先生方に出会えて、本当にラッキーだったと思います。レッスンは技術を磨くだけでなく、常に芸術的で、想像力が掻き立てられ、活気に満ちていました。
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マギーさんの演奏は温かく深い音色で表現も豊かで、テクニックも素晴らしいですね。
M
テクニックは完璧とはいきませんが(笑)。英国王立音楽院でアレクサンダー・テクニークを学んだことが、とても良かったです。深くて、温かく明るい音色づくりにとても役立ちました。
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体をリラックスさせるのによかったのでしょうか?
M
そうですね。とにかく余計な力を入れないという訓練でした。必要以上に筋力を使わないということです。決して無理に音を出すことがないので、体に負担のかからない練習をすることができます。
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今まで、ステージであがった経験はありますか?
M
基本的に演奏することが好きなので、いつもは程よい緊張感で本番に臨みます。でも、あがってしまったとき、私の場合は頭が空っぽになります。何も考えられなくなり、集中できなくなるのです。昔、大舞台でイベールのコンチェルトを演奏しなければならなかったとき、そういう状況になりました。プレッシャーが大きくて、練習していても窓からぼーっと外を眺めたりして、このままではいけないと思い、「演奏での緊張」という本を読みました。その本に書かれている通り、“いったい何を恐れているのか”を書き出すことにより、客観的にそれらの問題と取り組むことができました。
私の場合、一番の恐れは「演奏で失敗して両親を幻滅させたくない」ということでしたが、紙に書き出してみると冷静になれて、「両親は私がどんな失敗をしたとしても、私をサポートしてくれるはずだ。両親なんだから(笑)」と思うことができました。「ステージに出て行くときに、転んだりしたら恥ずかしい」という恐れには、「もし転んだとしても、すっと立ち上がってニッコリ微笑めばいいのよ。それで人生が終わるわけではないし」。また、「途中で暗譜がおかしくなってしまったらどうしよう」という恐れには、「もしそうなったら、指揮者のところへ行ってスコアを見て、そこから始めればいいのよ」……など、様々な恐れに対して、自分の対処法を見いだすことで徐々に心が落ち着いていったのです。その本のアドバイスが、とても役に立ちましたね。
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精神的なことは、演奏に大きく影響しますね。
M
その通りです。そして、肉体的な影響も無視できません。演奏するときには、つい150%の力を出したいと思ってしまうのですが、その気持ちが体を硬くしてしまいます。肩に力が入ったり、キィを必要以上に強く押さえたりすることから精神的に解放されたり、アレクサンダー・テクニークのように、深い呼吸をして力を抜くことも効果的です。
そしてもう一つ私から言いたいことは、「自分に優しくなる」ということ。音楽は「寛大な行為」です。人前で演奏するのは勇気がいることです。でも、勇気を振り絞って演奏するのは、素晴らしいこと─そんな気持ちをいつも抱いていたいと思うのです。
芸術はすべてエロスが根源だと思います。美しいものを愛する人と分かち合うことです。演奏の時には、いつもそれを思い出してください。私はチェロ奏者のカザルスを敬愛していますが、彼は「音楽で人々を癒しているのだから、自信を持ってその行為を行なうべきだ」と言っています。

テクニックを駆使するための練習法

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マギーさんは普段、どんな基礎練習をしていますか?
M
まず音を出す前に、アレクサンダー・テクニークの方法で、床に横になります。精神的にも肉体的にも、練習に入る準備をするのです。本を2、3冊を積み重ねて枕にして、膝を曲げて、脊柱をゆったりとのばします。15~20分くらい、そうやって横たわると、脊柱がリラックスしてすんなりと音が出せます。
その後にフルートを持ち、ロングトーンから始めます。時間をかけて、声を出しながらのロングトーンも行ないます。体も楽器として使えるように、歌手をイメージします。声を出すと骨に音が共鳴する感覚が養えます。そして特に練習の始めに大切なことは、リラックスしたブレスです。無理に速いブレスをするのではなく、時間をかけてゆっくりとブレスします。波が寄せて返す自然の営みのように呼吸し、体をなじませます。良い響き、空気の自由で安定した流れ、呼吸の柔軟性などを探しながらのロングトーンです。様々な音域で、オクターブを加えたり、クレッシェンドやディミニュエンドなどを付けて練習します。
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指の練習は、どのようにしますか?
M
常に指はなるべく高くあげないようにしています。まず、タファネル=ゴーベールのデイリーエクササイズ17番のトリルを、指をリラックスさせて、わずかな指の動きで丁寧にゆっくり練習します。これをすると、リラックスした指の感覚を体に覚え込ませることができるんです。 それから、スケールやアルペジオ、3度、4度、半音階などを練習します。モイーズのデイリーエクササイズも使います。指が固くなってきたと感じたときには、トリルの練習を思い出して、すぐにリラックスするようにします。指に力が入ると、音にも悪い影響が出てきますから。
時間がないときには、難しい3オクターブ目だけ練習することもあります。タファネル=ゴーベールのデイリーエクササイズでは、主に1、2、4、7番を使い、4番では歌いながら吹いたり、タンギングなしで“Ha、Ha、Ha”や“Pu、Pu、Pu”、ダブルタンギング、トリプルタンギングなどで練習します。リズムを変えてもいいと思います。様々なテクニックを学んでおくと、どんな曲を吹いても、体が覚えているテクニックを駆使することができます。
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現在、アルタスフルートのAlモデルを使用されているそうですが、どんなところがこの楽器の魅力ですか?
M
私は、ルイ・ロットのフルートが大好きなんです。管体をアルタスフルートが同じように作成していると聞いて、とても興味を持ちました。私はゴールドのフルートよりもシルバーのほうが好きですし、パワーのある音より、響きが良く暖かい音が好きです。フルートを試奏するときには、小さい音で吹いても楽器が響くかどうかをまず確かめます。アルタスフルートは、ルイ・ロットのシルバーの材質も研究して、独自のものを開発したのだと思います。ルイ・ロットの良い音色を残しながら、現代のテクニックにも対応できる楽器だと感じています。
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最後に、「THE FLUTE」の読者にメッセージをお願いします。
M
フルートは素晴らしい楽器なので、皆さんはとてもラッキーだと思います。マウスピースやリードがないので、直接息を楽器に吹き込みますよね。楽器と私たちの間には何の境もなく、表現することができます。人生そのものだと思います! 私は常にそれを探求できる喜びを感じています。
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ありがとうございました。
ローナ・マギー
インタビュアの清水理恵さんと
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