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芸術、文化は何を語り継ぐ?

木村奈保子の音のまにまに|第21号

全国的に緊急事態宣言が解除されたものの、東京で最後に残された自粛要請のジャンルが音楽活動に重要なライブハウスとは、悔しい限り。
そもそも、コロナ禍でクラスターが発生してしまった場所としてクローズアップされてしまったからだろう。それも、観客の中に、たまたま感染者がいたからで、ミュージシャン側がうかつに何かをしたわけでもなければ、お店の環境の問題でもなかった。

ライブハウスは、この間、無観客による演奏の配信を試みたが、ある日パタッとコロナ恐怖が終了するわけではないため、今後、どういうやり方で演奏活動が安心感をもって行なわれていくのか、舞台を提供する側だけでなく、演奏者も観客も共に、考えていく必要があるだろう。

映画館では、間隔を空けての座席指定方式は決定しているので、ライブや舞台の場合はさらに、演奏者と観客の間に透明の仕切り板を置くのか、オンライン配信も同時に続けていくのかなど、新しいライブスタイルとして、さまざまなチャンレンジが行なわれていくだろう。

それにしても社会はもっと、文化基地としてのライブハウス、そこに出演する音楽家、アーチストの活動に対して、サポートを考えるべきだ。
先日、フリーランスの音楽家が、給付金を申請するにあたり、まずはハローワークで求職活動をせよ、と言われた話を聞いたが、フリーランスとフリーターとの区別もつかない役所の側のセンスはどうしたものか。
緊急時だからこそ、理解されない現実に、落ち込む人も少なくない。

だいたい、中小企業も融資の相談に行くと、「ビジネスで利益を上げるには……」という難題について、なぜか役所の職員から易々とアドバイスされることもあり、理不尽な気持ちをぐっとこらえるしかないとか。(簡単に言うな!)
もし音楽家が融資を頼むと、「どうやったら、あなたの音楽が受け入れられるのか、考えてごらんなさい」などと上から目線で、提案でもされたら、もう帰りたくなるだろう。どうか、専門外のことでは黙って給付、融資をしてください、と願うしかない。

これまでも震災や感染病で、被害者は助けを求めて役所に行くとき、多くの人々が藁をもつかむ思いで足を運ぶのに、被害に対する理解のなさ、冷たい対応に二重の苦しみを味わってきた。
平時ではなく、緊急時だというのに、「どうかしましたか?」という淡々とした浅い感情の対応は、どこから学んでいるのだろうか?
私のような「ハッとする気持ち、態度」を求める体質は、古いのだろうか?

今回のコロナ禍では、トップの政府からして、とんちんかんの連続で国民をとことん幻滅させ、あまりの浮世離れに、悪意さえ感じさせた。何を言われても、ドキリともしない心のタフさだけは、恐れ入る。
何より、リーダーに選ばれた地位を持ったなら、映画の主人公のように尊敬されたり、涙して喜ばれるヒーロー像に憧れないのだろうか?
被害者の側に立つ精神的な訓練はしていないのだろうか?
落ちこぼれない上級国民は、悪魔に魂を売った悪役にしかなれないのだろうか?

加えて、定年延長と賭け麻雀で話題になった検事トップは、エリートの上にすこぶる人当りも良く、性格もいいという評判の中で「正義感は、ない」という評価に言葉を失った。事件を裁くのは、“正義感”が基本だろう。
そういうものは、持ち合わせないのがエリートの常識なのか?
一方、森友文書改ざんで、正義感あるがゆえに苦しんだ財務職員は、命を絶った。いったい人間は、学校教育の中で何を学ぶのか? 9月入学とか、フォーマット以前に考え直すことがありそうだ。

さて、話を戻そう。
昨今、音楽を楽しむ方法として、一級の音楽を映像におさめる音楽ドキュメントは、映画として質が高く、貴重なジャンルになっている。
海外の音楽ドキュメントを見るとき、どんな流行歌手でも、ミュージシャンでも、民族の歴史を理解し、過去のミュージシャンを十分リスペクトしていることがよくわかる。

音楽ドキュメント『タゴール・ソングス』は、英国植民地時代のインドで、ノーベル文学賞を受賞した詩人、ラピンドラナート・タゴールが作った詩=歌が、現代のベンガル地方でどのように歌い継がれているのかを追ったドキュメンタリーだ。
ちなみに、ベンガルは、西ベンガル州とバングラディシュが含まれる南アジア北東部を指す。今日では、宗教的対立で、インドとバングラディシュに分断されている。
そうした政治的背景の中で、日本人の佐々木美佳監督が、詩人、タゴールの残した世界を伝えていこうとカメラを据えた。

主人公の若いヒロインが、親の反対を押し切って、外の世界を見ようと旅立つところからドラマは展開する。ヒロイン役は、アマチュアながら女優レベルの美しさで目を引くが、若者らしい、曖昧さとやさしい視点で、タゴールの語る自然、愛、戦争反対などの意味を見つめていく。あえてテーマは‘自由’ではないだろうか。

タゴール・ソングス1

映画では、タゴールの歌を独特の節で歌う語り部たちが登場するが、聞きなれた民族的な響きは、やはりインド音楽だ。
私が好きなジャンルの一つ、インド映画は、歌とダンスで描く華やかな大作中心だが、常に底にあるテーマは、カースト制に基づいた身分差別を訴えるもの。ハッピーエンディングは、不条理をすべて覆す正義のヒーロー(ヒロイン)による活躍だ。
本作は、こうしたインド音楽のポップなサウンドに至るまでの、もととなる民族の歌がしみじみと伝えられていき、娘の世代にもつながっていく現代を見せる。

タゴール・ソングス2

私は、タゴールのことをよく知らないものの、マハトマ・ガンディーとかかわりが深かった話を覚えている。インド独立運動を果たしたガンディーは、しばしば詩人タゴールと議論を交わした。非暴力、非服従を提唱したガンディー以上に、タゴールはより人道主義で、時にガンディーを批判するほどでもあったという逸話は、興味深い。
「いつの時代にも偉人がいて、戦争の喧騒を超える声で人道主義を訴えたが、日本では芸術家や作家からは、反戦主義の声があまり聞こえない」というタゴールのスピーチが印象的だ。

政治は、政治家だけが考え、執り行なうものではない。
音楽家は、音さえ出していればいいものではないだろう。

芸術、文化が、時代の中で何を語り継いでいくのか? 人々の心を打つ芸術は、常に社会と密接な関係があり、政治とも無縁であるはずがない。

 

タゴール・ソングス3

『タゴール・ソングス』
[2019年/日本/ベンガル語、英語/105分]
監督:佐々木美佳
All Songs by ラビンドラナート・タゴール
製作・配給:ノンデライコ
◎公式サイト:tagore-songs.com
©nondelaico

 

緊急事態宣言の解除に伴い、『タゴール・ソングス』の劇場公開日が決定!
◆ポレポレ東中野にて5月30日(土)より劇場公開
(「仮設の映画館」http://www.temporary-cinema.jp/ も継続中)
ポレポレ東中野の営業再開についてのガイドライン https://www.mmjp.or.jp/pole2/

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

N A H O K  Information

木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
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問合せ&詳細はNAHOK公式サイト

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