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コロナ禍の2020東京オリンピック、チャップリンとレニ・リューフェンシュタールと

木村奈保子の音のまにまに|第35号

2020東京オリンピックは、コロナ禍により、人々の生活や病床が逼迫するなか、多くの反対を押しのけて、強行派により、ついに開幕までたどりついた。
開会式が始まる前も、競技場の前には500人以上のデモ隊が「オリンピック中止」を叫び、始まる前から100人近くの選手や関係者からコロナ感染者が発生した。

それでも、アスリートや式典の出演者たちは、自分の気持ちに抗えない。
オリンピック中止論を訴える側もまた、アスリートやアーティストに対する想いだけは捨てがたい。だから、ジレンマもある。
これから、炎天下とコロナ拡大のなかで、何が起こるのか?
世界的なイベントの表と裏を探りたい。

さて、開幕前の式典スタッフのドタバタ辞任、解任劇がすでに世界的な話題となり、またもや政府の後手後手判断が、恥ずかしながら世界を駆け巡った。
開会式の批評、感想は巷にあふれているが、アスリートを盛り上げるアーティスティックなショーとしては、実にお粗末な完成度であった。
テレビ放送として見ると、大きな事故がなかっただけ、あんなもんだろうと安堵した人もいるかもしれない。

私が最も気になったのは、プロジェクションマップやドローンやパントマイムのほか、生身の人間のダンスや歌でパーツ展開する中、最重要のオリンピックのテーマとなる“語り”がぼやかされてしまったこと。映像の上に、女性アナウンサーのしゃべりがかぶせられるが、それはショースタッフにより作られたものか、NHKの番組放送用なのかがわからない。

つまり、式典演出の中に組み込まれたナレーションなのか、テレビ放映用の中継として、生で挟み込まれたアナウンスメントなのか?

この構成台本の区切りがないため、なんとも落ち着かない。
メッセージ性のあるナレーションを読むナレーターなのか、単にアナウンサーのアドリブ中継によるコメントなのか、で聞く側の心構えが全然違う。

コメントを入れる間合いも悪く、その場合の演出は誰の責任か、わからない。
どこまでも、責任者不在の結果である。

オリンピックの趣旨を、局のアナウンサーがこの場で語るのは、おかしい。
あくまで、作られたショーを放送するのが局の立場で、ショーを彼らと一緒に作っているわけではあるまい。
これが、ショーディレクター不在の原因によるものだとしたら、やはり、式典は大きな失敗と言える。ショーディレクターがいなくても何の問題もなくできるというショー自体が、そもそもおかしいのだ。

昨今、作り手の「世界観」とよく表現されるが、監督の視点(ビジョン)なくして、ただ映像のパーツを切り張りしたものは、編集映像の羅列にすぎない。

「ショーディレクターを解任しても、彼自身は個別パートをディレクションしていないから、いなくても困らない、開会式はできる」と平然と口走ったJOC橋本会長……。
彼らにとって、演出や音楽など、どうでもいいのだろう。
いや、かのディレクターを解任すべきではなかったという意味では、もちろんない。解任も何も、総監督に始まり、作曲からディレクションまで、お仲間で作られてきている。そして本番前に、すべてが白日の下にさらされ、現場からは誰もいなくなった。放送局が、その尻拭いをしたというだけだ。

ちなみに、ピンチヒッターのオープニングで流された「ドラクエ」のテーマ曲を書いたすぎやまこういち氏は、LGBT差別について、あの杉田(水脈)氏に同調した発言でも話題になった安倍応援団のひとり。もともと、思想的に似た人々のキャスティングだったのかもしれない。最後に、滑り込みセーフとなったようだ。

想えば、森元首相や元総監督の女性蔑視表現にはじまり、いじめ加害、ナチスジョークなど、彼らの深層心理にある差別意識が浮き彫りになった。
世間が、彼らのちょっとした言葉に急激な攻撃反応を見せたのではなく、長い歴史の中で、我慢を強いられてきた人々の理不尽な思いが爆発したのだと思う。
ハラスメントの質の悪さは“感じる”ものだ。人権を本気で考え直す機会なのだろう。

例えば、ユダヤ迫害の歴史は、ハリウッド映画が教科書といえるほど繰り返し描かれてきた。アメリカ映画という「人権のバイブル」を見つづけていたら、何が良くて何が悪いのか、と今さら精査する必要もない。
ただ、作り手の視点(ビジョン)が明確でも、観る側の視点が遅れすぎていたり、歪んでいたりすると、正しいメッセージが受け取れないことはあるだろう。

いまやネット民によるバッシングは、ちまちまと自分から嫌がらせを仕掛ける不当なものもあるが、まっとうな民意として、機能する力が働く場合も最近は少なくない。
良識的な人々もまた、ネットを活用している時代になっているのだ。

さて、開会式のショーの目的が曖昧なまま進行したが、目的がわかった瞬間がある。

アーティストもアスリートもそっちのけで、最も場違いな空気とリズムで、独自の世界観を見せたのは、バッハのスピーチだ。

あれほどまでに長時間の式典で、前代未聞のコロナ禍の危機の中、選手や関係者が疲れているのもものともせず、
13分もありきたりな話を世界の人々に向けて、スピーチしたのだ。

同じ並びにいる小池都知事が「話、なが~い!」「もうええわ~」と、突っ込んでくれたら良かったのだが。何より彼の原稿チェックをした人はいないのだろうか?
橋本聖子氏と二人で8分の予定のところ、実際は約20分になった。

「女は話が長い」という説は、どこにいったのか?
これで、会長が橋本氏ではなく、森氏(元JOC委員長)なら、
男性権力者二人で30分を超えるであろうとの予測は、想像に難しくない。

チャップリン,独裁者

チャップリンの映画「独裁者」のあの感動スピーチは、4分にも満たない。
世界平和のための熱い気持ちを伝えたければ、あのような内容と気持ちがあれば想いは伝わるだろう。映画の中のスピーチをなぜ、学ばないのか不思議だ。

 

バッハは先に、日本人をチャイニーズと口走り、あわてて訂正した失態を見せたばかりだが、ここでは日本語を交えた挨拶の受け狙いまで用意された。
もはや、ガイジンの片言日本語が受ける時代でもなし、まして外では、バッハのホテル前や国立競技場前で、オリンピックを歓迎しないデモもある中、空気を読まないにも、ほどがある。
復興五輪どころか、予想通り、笑いも感動もなく、自己陶酔的だった。その人柄も、会っていないのにわかるほど、ヒューマンな魅力に欠ける。

ともかくこの瞬間のために、バッハはオリンピックを強行せよと言い続けたのかと思うと、たとえひとりよがりでも、彼を喜ばせたことが悔しい。

一方、天皇陛下の開会宣言は13秒だけで、バッハの後にあっという間に終わった。
しかも、陛下の短い宣言時に、彼はスタンディングもせず、途中から立つという失態を見せた。

お楽しみ(あるいは恐怖?)は、これからだ。
安倍元首相在任時に、河瀬直美監督にオリンピックの記録映画を撮らせると聞いた時、ナチス政権下のアドルフ・ヒットラー総統が女優のレニ・リューヘンシュタールを監督にし、自らを主演にしたドキュメントを撮らせたことを思い出した。のちにIOCがベルリンオリンピックの記録映画「オリンピア」を彼女に依頼したことも合わせると、ちょっと身震いする。

レニ・リューヘンシュタールレニ・リューヘンシュタール

ただレニの才能と作品の完成度は高く、映像の力によって、歴史に残る映画となった。同時に、レニ映画は、ほかに作品を撮っても、ナチズムのプロパガンダ映画を製作した監督として、生涯、批判にさらされることになる。
のちに鑑賞するであろう河瀬監督の記録映画が、どのような意図をもって、いかなるセンスで作られるのか、注視したい。

 

日増しにコロナ感染が拡大する中、何が何でもオリンピック、開会式ありきで、有観客をぎりぎりまで求めた日本政府の真の目的は何だったのか?
この男爵気取りのドイツ人の茶番のためなのか?
あるいは、いつかの時代に戻りたい思想的な一致により、団結した人々の欲望が集結した結果なのだろうか?

しばらくは、オリンピック選手たちの純粋な競技で、メディアの時間は埋められるが、コロナ感染の影響下で政府の動きから目を外せない。

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

N A H O K  Information

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問合せ&詳細はNAHOK公式サイト

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