フルート記事
THE FLUTE vol.188 Close Up

音楽家になるために重要なのは「愛情」。愛情なしでは音楽はできない│マルティナ・ジルべスター

いくつかのコースで学ばれたとプロフィールにありますが、それぞれどのようなことを学ばれたのでしょうか?
S
私は、バロックフルートコース、歴史的パフォーマンスコース、即興のコースで学びました。これらのコースで学んだことによって、フルーティストとして演奏が柔軟になったと思います。例えば、モダンフルートでバッハを演奏する場合、それはもちろんトラヴェルソではありませんが、バロック形式のアーティキュレーションや装飾を自発的に演奏できるようになり、演奏が水平から立体的に側面が拡がったと思います。歴史的パフォーマンスコースでは、ここでも、装飾のやり方をクヴァンツやオットテールなどの演奏理論から学び、通奏低音奏法についても学びました。それから、即興コースで私に「衝動」を与えたのは、ピアニストのガリーナ・ブラチェーバと、友人の作曲家、ピアニストのウリ・ブレーナーです。ブレーナ―は、しばしば一緒に即興をやってくれ、私を助けてくれました。
 
マスタークラスで指導するジルべスターさん
2017年には、ミュンヘン・バッハ管弦楽団と共に来日しソリストを務めた。来日時に観光で訪れた一コマ
 

クラシックとジャズの融合“Clazzic”

ジルべスターさんはジャズとクラシック音楽を融合させた多様性のあるアンサンブル“Clazzic” を結成されましたが、その利点と、演奏スタイルについておしえてください。
S
クラシックという、しっかりとした大きな木の幹があり、そこにたくさんの枝が拡がっていて、花が咲き、いろんな実が実るといった感じの音楽感を私は持っています。根幹になるクラシックに「忠実」であるからこそ、ヴァリエーションを自由に発展させることができるのです。そのヴァリエーションとは、私たちが2009年に結成した“Clazzic(クラジック)”で結実しました。
このグループは、ピアニストのSusanna Klovsky、ベースのAlex Bayer、そして、ドラムのThomas Sporrerとのグループで、最初はクロード・ボリングの作品から演奏し始めました。もっとレパートリーを広げていきたかったので、私たちはイスラエルに住む友人(ロシア生まれでドイツで勉強した)ウリ・ブレーナ―に何か作曲してくれないかと頼んだところ、私たちのために『Clazzic組曲』を作曲してくれました。この組曲の中には、私が特に気に入っているバッハの『2本のフルートのためのソナタ ト長調BWV1039』や、その他のメンバーの希望曲を取り入れてもらい、ストラヴィンスキーの『火の鳥』、モーツァルトの『デュオソナタ』などのモチーフをジャズ風にアレンジしたものが入っています。その他、アルゼンチンの作曲家にも『ミロンガ』を作曲してもらって、同じCDに収録しました。
私たちにとって、これらのパフォーマンスは新しい発見ばかりで、クラシック音楽の型から出て、ジャズという違う視点からクラシック音楽を改めて眺めてみることによって、既存の音楽の素晴らしさが自然にわかりました。このように私の演奏スタイルは、ジャズのアーティキュレーションを使うことはありますが、けっしてジャズフルーティストとしてではなく、先ほど述べたように、基本、クラシック音楽を軸にした独自のスタイルを持っています。
その他、活動をされている “Trio Leilani”、“Duo Naiades” はどのようなアンサンブルですか?
S
2021年に、フルート、ヴァイオリンNina Takai、チェロKaterina Giannits- iotiの3人で結成した“Trio Leilani”は、“Clazzic”とはまた違ったアプローチでバロックと現代音楽の融合を図り、スウェーデンの作曲家、H.Ajaxや、同じくギリシアの作曲家、P.Iliopoulosによって編曲されたバッハの『フルートソナタ ホ短調』や、『トリオソナタ ト長調』などの作品が入ったアルバムを今年録音する予定です。そこではフラッターや1/4音など現代奏法も駆使しています。
“Duo Naiades”は、フルートとハープのデュオで、2014年の結成以来、長年一緒に演奏しているハーピストのFeodora Johanna Mandelと、様々なフランス曲をレパートリーとして演奏しています。
 
2009年に結成した“Clazzic”

日本だけで勉強するのでなく、ぜひ海外でも学んでほしい

ところで、一般的な質問になりますが、ジルべスターさんにとって、フルート奏者になるために必要な資質は何だと思われますか? また、日本のフルートを学ぶ若い人たちに何かアドバイスがありましたらお願いします。
S
まず第一に、音楽家になるには「愛情」を持っていることが、とても重要です。「愛情」なしでは音楽はできません。
それから、フルーティストになるには、顎の骨格、唇の形、身体の大きさも重要なポイントです。つまり、フルートを演奏するには、身体がフルートという楽器とマッチしていることが大切だと思います。私が生徒にフルートを教えていて気が付いたことは、生徒たちに顎や歯並びに問題がある場合、それに対処する努力をしなくてはいけません。もちろん、生徒たちは、そのような問題を克服して演奏していますが、大変苦労しています。指の長さなどはヴァイオリン奏者に比べて、それほど問題ではありませんが、はじめからフルートを楽に吹ける身体や顔骨格などを持っていることは、大きなポイントのような気がしています。
日本のフルートを学ぶ若者へのメッセージですか? そうですねぇ、まず日本のいいところは、優秀な楽器メーカーがたくさんあるところですね(笑)。そして、日本は昨今、フルート文化が信じられないほど発展し、そのレベルもすでにとても高くなっています。もし私が皆さんにアドバイスをするとしたら、日本だけで勉強するのでなく、ぜひ海外でも学んでほしいと思います。私自身がフランスで、唇の使い方や、その言語からたくさんのことを学んだように、皆さんも、できたら海外に行き、例えばドイツやフランスに1年ずつでもいいので滞在し、オーケストラの演奏会を聴いたりして学ぶことを強くおすすめしたいです。
最後にジルべスターさんが愛用されているミヤザワフルートとの出会い、また、その魅力をおしえてください。
S
ミヤザワフルートのことは、以前からパリでミヒ・キムから聞いて知っていましたが、数年前にオーケストラ・ツアーで来日した折、友人の紹介でミヤザワの工房を訪ねる機会がありました。そこで何本か試奏して、一瞬にしてその音色に魅了されました。ツアー期間中、そのフルートをコンサート(バッハの『管弦楽組曲』や『ブランデンブルグ協奏曲第5番』)で実際のステージで試すことができて、この楽器のよさを確信しました。ちょうどそのとき、今まで使っていたフルートが壊れてしまい、私自身、これはきっと新しいフルートを買う知らせだ(!)と思いました。
私が楽器選びで一番のポイントにしていることは、その音色です。ミヤザワフルートには私が望んでいた豊かな音色があり、一目惚れしてしまいました。ミヤザワフルートは、メカニックの確かさはもちろんのこと、何よりも様々な音色の変化が自由自在に出せると私は思います。まさに私が望んでいた理想のフルートだったのです! 購入にあたって、いくつかの選択肢がありましたが、一番気に入ったのは14kゴールドフルートです。ミヤザワフルートの音色は、フランスのボルドーワインのように熟成しています。他にもう一本、ミヤザワのシルバーフルートを持っていて、各演奏シーンに合わせて使い分けています。
ありがとうございました。
 

[インタビュアー後記]
今回のインタビューは、オンラインで東京⇔ドイツを繋いで行なわれました。ドイツは朝、東京は夕方という時間帯でした。ジルべスターさんはとてもお洒落な花柄ブラウスを着ていらっしゃり、笑顔が美しく、一つ一つ丁寧に私の質問に答えてくださいました。インタビュー前に、彼女のCD “Clazzic” を聴かせていただいたところ、クラシックの確固たる技術に裏打ちされた軽快で、自由な音楽に仕上がっており、心地よいものでした。彼女の音楽は構築された美しさがありますが、ジルべスターさんがこれまでにしてこられた経験とお人柄によるものでしょう。今後のご活躍が楽しみなアーティストです。(岩下智子)

 

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