フルート記事
留学初年度に参加した思い出のお祭り

08|夏の音楽祭

What's えびちゃん留学記 ...

自分が感じる「違い」はなんなのだろう───
演奏の違いから様々なことを探求して行った留学時代と海外生活時代を振り返りながら、現地の情報もお届けします。ファゴット奏者で、指揮、講演、コンサートの企画、オーガナイズ、コンサルティング、アドバイザーなど様々な活動をする基盤となった海外留学とはどんなものだったのか。思い出すままに書いていきます。

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蛯澤亮

蛯澤 亮
Ryo Ebisawa


茨城県笠間市出身。笠間小学校にてコルネットを始め、笠間中学校でトランペット、下妻第一高等学校でファゴットを始める。国立音楽大学卒業。ウィーン音楽院私立大学修士課程を最優秀の成績で修了。バーゼル音楽大学研究科修了。 ザルツブルク音楽祭、アッターガウ音楽祭、草津音楽祭などに出演。元・ニューヨーク・シェンユン交響楽団首席奏者。茨城芸術文化振興財団登録アーティスト。ファゴットを馬込勇、ミヒャエル・ヴェルバ、セルジオ・アッツォリーニの各氏に師事。 「おしゃふぁご 〜蛯澤亮のおしゃべりファゴット」を各地で開催、クラシック音楽バー銀座アンクにて毎月第四金曜に定期演奏、池袋オペラハウスにて主宰公演「ハルモニームジーク 」を毎月第二水曜日に開催するなど演奏だけに留まらず、様々なコンサートを企画、構成している。

 

夏といえば、世界各地で開催される音楽祭。日本では札幌のPMF、草津音楽祭、木曽音楽祭など、避暑地で演奏やマスタークラスが開催される。

ヨーロッパの音楽祭は、ザルツブルク音楽祭やルツェルン音楽祭のように様々なオーケストラが集まる大規模なものから、バイロイト音楽祭のようにワーグナーの楽曲のみの演奏というテーマを決められたもの、小規模な室内楽音楽祭や、マスタークラスやアカデミーといった学生が主体の音楽祭など様々。

私もいくつかの音楽祭に参加した。初年はヴェルバ先生に誘われて留学直前に申し込みをしたアッターガウ国際講習会だ。これはザルツカンマーグート(ザルツブルク周辺の避暑地)の一つ、アッターガウという場所でのアッターガウ音楽祭に付随した講習会で、ウィーンフィルの響きを勉強するというテーマのマスタークラスである。

もちろん、講師は全員ウィーンフィル団員。ウィーンの響きを作るための講義や各楽器のレッスン、セクションレッスン、そしてオーケストラでの合奏を行なう。その年のファゴットパートはオーストリア人、イギリス人、ポルトガル人、そして日本人という四人だった。

2週間ほどの滞在で前半はピアニスト、ルドルフ・ブッフビンダー氏の弾き振り。ハイドン、モーツァルト第二十一番、ベートーベン第三番のピアノ協奏曲を演奏した。私は当時ブッフビンダーのことを知らなかったのだが、ウィーンを中心に活躍する名ピアニストだ。指揮も非常にわかりやすく、バーンスタインやバレンボイムのようにオケ側を向いて弾くのではなく、普通にピアノを置いて弾き振りをしていたのだが、彼の発するエネルギーと頭や肩、腕の動きでオーケストラは何も問題なく意思疎通ができた。ピアノ演奏もそれまで聴いてきた中で一番素晴らしく、ピアノから始まる二楽章では私の汚い音でこの流れを壊したくないとまで思ったほど。一流とはこういうものなのかと実感する良い機会であった。

そして後半はオケの人数も増えてムソルグスキー「禿山の一夜」、スクリャービン「法悦の詩」、ショスタコーヴィチ 「革命」という大編成プログラム。指揮者はなんとリッカルド・ムーティ氏。

 

様々な国から集まっているだけあって、参加者たちが手にする楽器はメーカーどころか楽器も違う。ウィンナホルンとフレンチホルン、ロータリートランペットとピストントランペット、フランス式クラリネットとドイツ式クラリネット、ウィンナオーボエとフレンチオーボエが入り混じっていた。それでも同じ方向を向いてアンサンブルしていこうとやっていくうちに、オーケストラとして成り立ってくるのは面白い現象である。

練習指揮からムーティ氏に変わるとオケも緊張感が増し、さらにまとまっていった。音楽をすることとは何か、それがどれだけ素晴らしいことなのかを語ってくれ、イメージのなかった教育者ムーティ氏の一面を見られたことも楽しい体験だった。今でこそユースオケを振ったりしているが、当時はまだ珍しかったのだ。

オーケストラは全員同じ宿に宿泊し、寝食を共にする。もちろん、そこには様々な人間模様もあり、仲良くなる人もいれば揉める人たちもいる。しかし、それもまた人生勉強。宿のおばちゃんやおじさんもとても良い人で、うるさい我々を温かく迎え入れてくれた。おばちゃんが「ずっぺ〜!(Suppe)」と言いながらスープを配る姿は今でも鮮明に思い出せる。

アッターガウ音楽祭は、日本で言うと綺麗な体育館のような会場で演奏をする。スクリャービンを演奏するには舞台も狭く、音も余るくらいだったが、実はヨーロッパはそういう会場も多く、「こんなものなんだな」と少し驚いた覚えがある。最初はただの練習場だと思っていて、後で本番もそこだと言われてびっくりしたほどだ。

しかし、この講習会の良いところは最後にザルツブルク音楽祭にも出演するということ。アッターガウでのコンサートの後はザルツブルクに移動し、サウンドオブミュージックの映画にも出てくるフェルゼンライトシューレという会場で演奏をする。ここは昔からの会場だけあって、とても響いて雰囲気も素晴らしい会場だった。しかし、岸壁に作られたホールでなんと天井は開閉式。雨が降ったら雨音が聞こえるだろうなと思うような作りだった。

はじめての国際講習会は無事終わり、今思えばこれまでも書いてきた「感じよく堂々とする」ということができていなかったなと反省する。根が人見知りなのもあるが、当時は特にコミュニケーションが下手で、留学したばかりであまり言葉も話せなかったのも上乗せされ、全然積極的に行動できなかった。これを読んで海外の講習会などに行く方々はぜひ、私を反面教師にして積極的にフレンドリーにコミュニケーションをして欲しい。


当時の写真。一番左が筆者。

しかし、この時に出会った日本人とは仲良くなり、その後も連絡を取り合ったりしている。それぞれ別の場所に留学している日本人が集まる機会はなかなかないし、いろんな話を聞けて楽しかった。

夏の風物詩───音楽祭。留学したらまずは講習会に参加してみるのがオススメだ。また、留学していない人も、日本から海外の講習会に参加ができるし、日本の国際アカデミーで海外の講師にレッスンを受けることもできる。レッスンでの刺激以外にも様々な出会いがあり、非日常の中で勉強することでより新鮮な情報が入ってくるとても貴重な機会だ。今年は開催が危ぶまれる音楽祭も多いとは思うが、機会があればぜひ行ってみてほしい。

 

 


 

次回予告 :入学をしてから


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