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ウィルスよりも怖いのは……

木村奈保子の音のまにまに|第19号

このところ、世界中でコロナ感染、という見えない恐怖がたちはだかり、まるで映画のようなホラーワールドが展開している。
怖い、と感じる度合いは、人によって、環境や国によって、かなりの温度差があるようだが……。
さてこの、「怖い」という言葉をつい最近、リアルに目にし、涙した人も少なくないのではないか?
森友学園の財務省改ざんに関与させられ、自殺した近畿財務局の職員、赤木氏による手記である。

「55歳の春を迎えることができない儚さと怖さ」
「手がふるえる。恐い 命 大切な命 終止符」

真の‘怖さ’が伝わる表現だった。
彼が怖かったのは、大きな国家権力であり、そこにかかわらざるを得ない環境に属し、どうしても受け入れられないときは、死を選ぶしかないという恐怖感を自覚していたのだろうか。
権力を持つ側が、持たざる者を支配していく世の中で、悪質なものが堂々とまかり通り、どうも目に付く。力関係による虐待は、相手が子どもや女性、はたまた階級の低い人々に対して、行使されていく。
人として、最も醜い部分であり、そういう人間が横暴を続けるなら、いっそAIに支配された方がマシかもしれないとさえ思う。

映画「ナイチンゲール」も、そんな境遇に置かれる若い女性が主人公だ。口ずさむように歌うヒロインは、芯のある性格で魅力的だ。


© 2018 Nightingale Film Holdings Pty Ltd, Screen Australia and Screen Tasmania.

アイルランド人の彼女は人妻だが、貧しさゆえ盗みを働き、刑期中に英国人将校から手籠めにされてしまう。その上刑期後も、将校の権力により、解放されない。黙って我慢を続けてきた彼女が、ついに抵抗を見せた途端、将校周辺の男たちからも、輪姦されてしまう。 将校の指示であることは、明確だ。
権力のある立場の男性、肉体的に力の強い男性、お金を振りかざす男性など、こうした男たちを前に、女たちは、子どものため、夫のため、生きるために、どれほど屈服してきたのだろうか。

植民地時代のオーストラリアを舞台に、女性監督ならではの演出で、どこにでもいそうなヒロインの、どうしようもないぬかるみにはまったような感情が、じわじわと、はじけていく姿が描かれる。
そう、ヒロインは、しまいにぶちきれるのである。
ここからが現代映画としての、みどころになる。

アメリカのB級映画、女囚シリーズとコンセプトは似ているのだが、本作はよりシリアスで、どっしりとした映像のなかでアート系の作品としてベネチア国際映画祭、審査委員特別賞を受賞した。
「私は、あなたのものではない」という本作の映画コピーが、実に魅力的で、痛快だ。

かつて、パメラ・アンダーソンのスーパーヒロインが登場する映画「バーブワイヤー・美女戦記」(96年、米)

“Don’t call me,Baby”

というセリフに、ハマっていた時期がある。

私流に使っていたのは、「誰がベイビーやねん、なめたらあかんで」という感じだが、そこそこ若い時にしか使えないのが難点だった。

その点、本作では、老若男女を問わずに使えるセリフが、素晴らしい。

「私は、あなたのものではない」

映画では、ヒロインのレイプだけでなく、タスマニアの原住民に対する差別を含めて訴えている。
横暴な権力者は、醜いだけの存在であり、誰もこころをあなたに預けることはない、という切なる訴えだ。

ただ、残念ながら、そんなことはどうでもいいと開き直り、ひとかけらの良心も美意識もなく、自分たち周辺の欲望だけを強引に貫いていけばそれで楽しいという風潮が見える。
権力者たちは、とっくの昔から、欲望ウィルスに感染してしまっているから、何も感じず、AI以上にこころを持たないのだろうか?
そんな社会状況を考えると、権力の悪用は、もはやウィルスよりも怖い。

 

ナイチンゲール,ポスター

『ナイチンゲール』
2019、豪、カナダ、米合作
2020年4月公開中
www.transformer.co.jp/m/Nightingale/

 
木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

N A H O K  Information

木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
問合せ&詳細はNAHOK公式サイト

PRODUCTS

最近、NAHOK特注ケースを手掛けたのは、私の最も好きな海外オーケストラのひとつ、世界最高峰のコンセルト・ヘボウ管弦楽団の団員からの依頼である。
それも、若き日本人として入団した主席ティンパニスト、安藤智洋氏からである。
以前、この楽団のドキュメント映画「ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」(2014、オランダ)が公開され、フルート奏者、ケルステン・マッコール氏にインタビューをしたが、その記事を偶然、安藤氏も読んでくださっていたらしい。

また、なんとなくネット検索したNAHOKスティックケースを手にしたことから、そのクオリティが気に入り、マレット専用のものが作りたくなったとのこと。ご本人の希望により、和柄の布団をつけてデザインした。

カール・ハインツ・シュッツさん
カール・ハインツ・シュッツさん
カール・ハインツ・シュッツさん

さて世界3大オーケストラの一つと言われるレベルの高い楽団に、日本人として、しかもこんなに若くして入団できるのは、さも優秀なのだろうと想像はつくが、安藤氏は、そうした看板によるエリート意識よりも「この楽団の持つ音が好き」というところから始まり、入団前から、目指す音楽家のもとで学ぼうとオランダに渡っている。
そういう音楽に対する入り方と純粋さが、素敵だ。
映画でも描かれた、この楽団のひとりひとりの音に対する楽しみ方が、ひとつの楽団の音として反映されるのだろうか。

欧州はいま、新型コロナウィルス感染の影響で大変な時期であり、楽団も今シーズンは休演つづきとなるので本当に残念だが、安藤氏がマレットを奏でるコンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートを、ぜひとも鑑賞してみたい。

安藤智洋氏(ティンパニスト)プロフィール
https://www.concertgebouworkest.nl/en/tomohiro-ando

コンセルトヘボウの打楽器セクションのページ↓
演奏は、安藤氏
https://m.facebook.com/TimpaniPercussionRCO/?locale2=ja_JP

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by 木村奈保子

ドキュメント映画「ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」(2014、オランダ) 
https://www.alsoj.net/flute/magazine/view/175/1155.html
 
ロイヤル・コンセルトヘボウ コンサートレビューとインタビュー
https://www.alsoj.net/flute/magazine/view/175/1163.html

 

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