木村奈保子の音のまにまに|第24号

“ナオミズム”の強烈なメッセージ

今年は、コロナの始まりくらいから体調が妙な感じになり、原因を探しながら、結局、胆石によるものだとわかった。入院を終えても、年齢のせいか、社会背景のせいか、簡単にすきっとしない。

そんなところに、舞い込んだ気持ちのいいニュース!

罪のない黒人が白人警察官により、次々と銃で撃たれた事件がアメリカで立て続けに起こった。いまだにこんなことが……と暗い気持ちになっていたところ、あの日本人のアスリート選手、ハイチ系アメリカ人の血を持つ大阪なおみ選手が、立ち上がったのだ。

「テニスより重要なことがある」と、彼女は言った。
「私はアスリートである前に黒人女性だ。自分のテニスを見てもらうよりも、もっと重要なことがあると感じている」と。
そして、いったん試合をボイコットし、彼女は世界に強いメッセージを知らしめた。

これが、映画で描かれる最も重要なヒロイズムたる精神である。
日本で育ち、こんなふうに勇気ある女性になれるのかと感動した。いまやなおみ選手は、勝とうと負けようと、存在自体が映画的で美しい。

彼女も、ジェームス・ブラウンやモハメッド・アリのように、自身の才能の中に、人種偏見への問題意識を秘めたパワーがあったのだ。
どれほど才能があっても解決できない肌の色に対して、歴史をたどるうちに、止められないエネルギーが宿るものなのだろう。

私は、古き良きエンタテイメント時代の映画ファンではなく、よりジャーナリスティックな路線に入った時代に映画を多く観てきた。

ユダヤ迫害の歴史と黒人差別の問題は、映画の中でジャンルを超えて、延々と語られてきた。現代映画は、エンタテイメントな表現を持つが、底に流れる人種差別や社会問題があるメッセージ性の強いものが多い。だから私も長年、映画を媒体にし、そこに描かれる女性差別、人種偏見や社会背景を本や講演で語ってきた。

さて、黒人映画として、私の最初の衝撃は「マンディンゴ」(1975年、米)だった。

マンディンゴ,flyer

白人家庭のなかで、まじめな黒人奴隷が性的な問題に巻き込まれ、熱した窯に入れられるシーンが忘れられないが、グロテスクな作品と片付けられない背景がある。

この種の黒人の虐待人生が描かれ続けるなかで、どんどん、内容は知的になり、描く視点も下世話でなく精神分析的、あるいは社会性のあるビジョンに変わっていく。

 

例えば、黒人の人種問題を、大人の恋愛観で掘り下げる傑作「チョコレート」(2001年、米)は、地味だが、強烈な作品だ。

チョコレート,flyer

主人公の白人看守(ビリー・ボブ・ソーントン)は、父親と息子含め、親子3代にわたり刑務所で働いた家系である。特に彼の父親の世代は、多くの黒人を非人間的な扱いで、処理してきた。親の価値観を、知らずと受け継いでいてもおかしくない環境だ。
そんな主人公は、ある日助けを求められた美しい黒人女性(ハル・ベリー)と、恋に落ちるが……。きれいごとでない展開があり、テーマの深さが半端ない。

女性の夫は、元黒人死刑囚である。
主人公の父親(元看守)の黒人蔑視感情には、長い歴史がある。それを受け継がせようとした強い圧力に、時代を経た孫は、堪えがたく自死の道を選んでしまう。
結局、息子を亡くした主人公の看守は、黒人女性との大胆な愛に踏み込みながら、心の奥底にある蔑視感情が沸き起こる瞬間を迎える。
男の肉欲と蔑視感情は、どう整理しうるのか?
女性が黒人でなくても、こうした男の奥深く眠る女性に対する蔑視感情に通じるものがありそうだ。

差別感情を無意識に受け継ぎ、愛のはざまで苦しむ主人公の感情描写が秀逸だ。表面的なトラブルではなく、根深い差別感情にもがく心理描写が見事な傑作だ。
黒人女優、ハル・ベリーは、このときアカデミー賞で「非白人として、初めての主演女優賞」を獲得した。

 

一方、「それでも夜は明ける」(2013年、米&英)は、実話をもとにしたアカデミー賞作品賞受賞作。物語は、ひょんなことから、12年間の奴隷生活を強いられた自由黒人の悲壮な実体験を映画化したものである。

それでも夜は明ける,flyer

“自由黒人”とは、そもそも法的に奴隷ではなく、読み書きもできる上級黒人。主人公はインテリで、ヴァイオリニストでもあった。しかしある日、白人たちから演奏ツアーを持ちかけられたことから、薬漬けにされ、そのまま奴隷として売られてしまう悲劇に遭う。
自由黒人という立場の物語を私はほかにあまり知らないが、教養ある黒人が、奴隷地獄から抜け出るサバイバルとして描かれる。

黒人は、どんな生まれであれ、肌が黒いというだけで、いつどのようなハプニングに襲われるかもわからない宿命を背負っている。これが、過去だけの話ではなく、現在にもある事件として存在する。
終わりのない恐怖として、なおみ選手も決して他人事と思えないのだろう。

 

最後に、「グリーンブック」(2018年、米)は、これも記憶に新しいアメリカ、アカデミー賞受賞作品がある。

グリーンブック,flyer

優雅ないで立ちの天才ピアニスト(マハーシャラ・アリ)が、リッチなファン層を持ちながら、アメリカ8週間のツアーを求められるも、行く先々で黒人の肌の色でいちいち差別待遇を受けるさまが描かれる。これから演奏する場所で、スターゲストに対し、白人と同じレストランやトイレは使わせない待遇を受けるなど、さまざまに理不尽なルール規定が課せられる。これで、すんなり受け入れるミュージシャンがいるだろうか?

タイトルになっている「黒人ドライバーのためのグリーンブック」は、自動車が使用できる黒人は限られていた当時、さまざまな不便さや不快さに前もって対応できるようなガイドブックとして作成されたという。

映画では、ドライバーが黒人ではなく、仕事を失くした白人(ヴィゴ・モーテンセン)で、イタリア移民という設定。がさつだが優しいボディガードの白人と、エレガントでインテリジェンスのある黒人の相棒ものとしてのスタイルだが、ここにも根深い差別問題が描かれる。何より、雇われる側のドライバーは白人で、雇用主の黒人プレイヤーのほうが屈辱的な方法で、冷遇されるのである。

こうした映画の物語の設定は、決して、頭の中で空想したフィクションなどではなく、ほとんどが、実話をもとにした物語であることが重要なポイントだ。
われわれは、映画から俳優の魅力や音楽の力、物語性のドラマティックな展開を楽しむが、その中にこうした人種的迫害の歴史をリアルに学ぶべきだろう。

 

大阪なおみ選手は、その肌の色が物語る、歴史の真実を肌で知っているのだろう。
まるでマルコムXか、キング牧師が舞い降りてきたかのような突然のメッセージに、私は心から感動した。

「私はアスリートである前に黒人女性だ」

1本の映画を観るに値する、ナオミズムに敬意を表したい。

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

N A H O K  Information

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問合せ&詳細はNAHOK公式サイト

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