木村奈保子の音のまにまに|第30号

“わきまえる女”の時代は過ぎ去った

つい先ごろ、「女は話が長い」というコメントで、元オリパラ組織委員会会長の女性差別が問題となった。

ジェンダー研究者の私としては、怒りを感じるというより、「あ、まだ、日本ではそんなところですか?」という、男女差別感で遠い昔に戻されたくらいの小さい驚きだった。
それでも、今の若い女性たちが、本気で怒りを感じはじめたのだから、このような問題意識が広がったことは、かなり意義のあることだと思う。

ただ、現実的には「女は話が長い」と言われる状況を私は見たことがなく、だから、元会長の言葉に対して、怒りよりも「何を言ってるのかな?」としか思えなかった。ピンとこないのだ。

よくよく考えると、そういう言い回しで、女性の口封じをしてきたということなのか?
女はいったん口を開くと、頭の回転が悪いから、ついつい長くなるので、男が話すほうがいい、という意味合いまで含まれていたのか。

マイ・フェア・レディ

「マイ・フェア・レディ」(1964年・米)のヒギンズ博士が、
女は、どうして男のようにできないのか、長い髪がもつれるように頭ももつれている……といった表現で歌っていたが、そういう古い世代の女性観をいまだに、想定していたのだろうか。

この映画は、教育を受ければ、どんな女性も変われるという前向きなテーマもあったが、いま日本のテレビ業界では、学歴の高い女性コメンテイターが増えた。
エンタテイメント番組より、トーク番組が多いせいだ。
しかしテレビに出演する超エリートとされる高学歴出身の女性識者たち、そのしゃべり方が、しゃきしゃきしないのに重宝されているのは、なぜなのか?

スマートなしゃべりと学歴は関係しないと私は思うが、あんまり賢さを見せたり切れ味が強いと男性ウケしない、という考えが邪魔するのか、マスメディアがあえて、そういう女性を好きで選んでいるのか、私にはわからない(いくらでも、スッキリ喋れる人はいる)。
何より、リーダー資質に、女性の魅力を意識させる必要はないだろう。

さて話を戻すと、私の見てきた古い社会では、圧倒的に男性の方が話は長いし、何度同じ自慢話を繰り返そうとも、わきまえた女性たちは「ああ、そうなんですか」とうなずきながら毎度初めて聞くような態度をするのがマナーだった気がする。

男女が混ざるシーンでは、必ず男性たちが仲間の紹介をしあい、彼がいかに仕事ができるかとか、どんなに面白い人物かなど、楽しそうにお互いを褒め合い、にこにこする女性たちを前に、男ぶりをアピールする。

飲み会となると、男性陣は女性のキャリアに興味はなく、男目線に入り、若い、好みの女性たちをチェックしているようすが伺える。
自分が若いとセクハラの対象になるが、それを過ぎると安心ではあるものの、代わりに若い女性を差し出す側で、男女の危うさを見逃すぐらいの器量が要求される。いわゆる、チイママポジションだ。そういうわきまえた女が社会で重宝される。
いちいち男性の行動に目くじらたてる女性だけは、彼らにとって不要なのだ。

だから、接待は断らないとわきまえた女性官僚の配慮に出世があり、オリンピック新会長が、いやがる浅田真央さんに権力者たちとハグをさせようとした、とされるチイママ的宴会マナーも想像に難くない。

セクシャル・ウェポン

私の経験では、セクハラ系の姑息な男性をことごとく直球できり返してきた歴史があり、その体験談を本にも書いてきたが(「セクシャル・ウェポン」講談社刊)、一方で、そんな社会を覆すかのような、当時にしては理解ある大物たちとの色気のない関わりにより、大きく成長できた感謝も持ち合わせている。

その点友人たちは、良い就職に恵まれ、能力があっても、普通に家庭をも望んだため、夫の都合で早くも仕事を断念した女性が少なくない。そんな世代だ。
若いうちの苦労を取り返すタイミングを逸したのは、残念だ。

 

私は、キャリアを続けること優先でしか、人生を考えたことがない。
そこには、かけらの迷いもなかった。
男性と同じポジションをつかむには、何倍もの努力をしなければ、できるわけがない。男社会をとことんつかんでやろうという気概があったのだ。

女の壁は厚かったが、裏方の仕事に目覚めたとき、女性らしく振る舞う必要がなく、自分らしくなれた。自分はこれで、「男になれる」と開放されたものだ。

おりしも、アメリカ映画では、ヒロインが男性の無意識な差別発言に対して、切り替えしていく。

「女がそういうことされて、喜ぶとでも思っているの?」

女を読む映画
テルマ&ルイーズ

映画「テルマ&ルイーズ」(1991年、米)のセリフを自著「女を読む映画」(近代文芸社)のテーマにしているのだが、女性二人の逃亡の旅で、道行くエロオヤジから下品に誘われたときの切り返しだ。
その後、オヤジのトラックを爆破する、痛快なシーンが忘れられない。

 

かくして映画のヒロインは、男性の偏見に立ち向かう女性たちになり、理不尽なことがあると、直球で言葉にして表現した。
女性の役回りは、ヒロイックな男性主人公を支える恋人役や殺される娼婦役とは限らないのだ。

いや、映画の中だけではない。現実社会と並行して、アメリカは、ジェンダー革命を起こしていった。

まさに、アメリカは多様化社会。
黒人、ユダヤ迫害の歴史はもちろん、女性蔑視があり、その後にヒスパニック、ゲイ、障害者、動物など、マイノリティの差別に立ち向かうため「映画聖書」が誕生したのである。

かくして男性たちは、女性たちに対して無意識に発している無礼な言葉、考え方を徐々に修正していくことで、理解を示していく。

男性にとって、もはや女性は恋の相手だけでなく、仕事仲間や友人関係もありうる。
男性にとって、恋の相手が女性とは限らない。

映画があらゆる差別に対する意識改革をサポートしていったのは、事実であり、そうしたジャーナリスティックな視点で斬り込むメディアがいまだに少ないのは残念だ。

男を叱る

かつて、「男を叱る」という連載を週刊誌で始めたとき、周囲の女性たちが、どれほど私に電話をしてきたか?

それは、彼女たちが経験した社会における差別体験を書いてほしいからだった。
主に対象は、上司や仕事をもらう相手だが、仲間同士の飲み会や力関係のない間柄でも、我慢を強いられているという話だ。

なんで、その場で言わないの? 後で言うと、悪口になるだけでは?

私は、映画を参考に早くから切り返しをしていたから、「女性はなぜ性的に嫌なことを言われたら、直球でその人に伝えないのか?」不思議だった。

しかし、それは自分が早くからそういう問題を乗り越えていたからであった。多くの女性は、あえて自分が嫌われたくない、報復を受けたくない、角をたてたくない、といった理由で、その場をしのぐしか方法がなかったのだとわかった。

こうした日本女性の“わきまえた”行為により、男性は悦に入って過ごしてきた代わりに、時を隔てた今、若い世代から急に叱られてどん底に突き落とされるはめになる。
だから、男性教育を世界並みに、と訴えてきたのに……!

フェミニズム論では著名な落合恵子氏や田嶋陽子氏、上野千鶴子氏らにつづいて、私も微力ながらそれを説いてきたつもりだ。
昔は、フェミニズムというだけで、男性に嫌われることを恐れる女性も多くいた。
特に田島氏は、テレビでその思想が知られるだけに、相当な嫌がらせを受けたことがあるとご本人からも聞いた。

女性は差別されている!と訴えて、喜ぶ女性はどのくらいいるのか?
なぜ、対象とならない男性までもが、フェミを嫌うのか?
この種のリーダーたちは、本当に迷いながら、わきまえずに主張を続けてきた。

昨今、ふってわいたような若い世代の女性差別への怒りは、日本中を席巻し、世界のメディアでも取り上げられた。

SNSを見ると、いまの世代は確実に、男女平等社会に向いている。
世界水準を目指しているに違いないと思うと、心から感慨深く、応援したくなる。

どんなにあがいても、差別や蔑視の感覚は、一夜にして変われない。
日本のなかのこうした男性の意識はあまりに遅れていて、竜宮城にいた浦島太郎みたいなものだから、時代錯誤になるのは当然だろう。

キャリアのある上司たちに筋道なく歯向かうのはいただけないが、性的な部分でのよけいなハラスメントについては、差別と感じる限り、言い返すべきだろう。
それまで女性たちが煩わしいと思いつつ我慢してきた「しなくてもいい努力」のひとつだ。

女性の魅力をきらりとさせながら、わきまえる先輩たちが男性社会をそよそよと立ち回る時代は終わった。

いまこそ、女性ができることは、ヒロイズムを失った男たちに成り代わり、筋道のある世界に戻すことだろう。

 

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

N A H O K  Information

木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
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