木村奈保子の音のまにまに|第50号

コンプレックスから始まったモリコーネの“映画音楽”人生とは?

年の瀬も近づき、衝撃を受ける作品に出会うと、やっぱり、生きていてよかったなあ、と思える。

音楽家のドキュメント映画で、面白くない作品はほぼないと思えるのだが、いよいよモリコーネの登場だ。

今回は、映画人生で最も敬愛する俳優、ロバート・デ・ニーロがリスペクトした映画音楽の巨匠、エンニオ・モリコーネのドキュメント作品「モリコーネ 映画が恋した音楽家」を仰ぎたい。

 

♪ぽぴ、ぽぴ~とパンフルートのサウンドが聞こえただけで、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の哀愁ある世界観がいっきに浮かび上がり、正座してしまうほど、もっていかれてしまうのは、私だけではないだろう。

すぐれた映画音楽は、映像を引き立たせるための強い力を持っているが、モリコーネは映像を完全に、リードしてしまった。
例えば、このあと、何が起こるのかを音だけで想像させ、引き寄せてしまうのだ。

 

本作で、デ・ニーロが、モリコーネの音楽を現場に持ち込み、俳優たちに聞かせる方策をとったことがドキュメントでも語られている。
それが演技の助けになった、とは、デ・ニーロの弁。
俳優が、音楽を聴いて気持ちを表現し、セリフは後でアフレコという試みだ。
こんな発想を持つ映画人の提案も生かされるから、映画作りのグレードは、あがる。

そのシーンも、本作ドキュメントで観ることができる。
撮影現場のデ・ニーロは、音楽の中でじっと立つだけでも、映画になっている。
演技の指示やセリフまわしは、ない。
血と裏切りに彩られた男の人生を、モリコーネサウンドは一瞬で、哀愁のドラマに変換するのだ。

セルジオ・レオーネ監督は、「荒野の用心棒」“さすらいの口笛”から時を隔て、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」では、映画全体にパンフルートをと、モリコーネに依頼し、結果「我々が思う映画音楽をはるかに超える何かがある」と完成度を讃えた。
その“何か”というのは、何なのだろう?
本作はそれを解き明かそうとしている。

もうひとつ、私の好きなデ・ニーロ映画「ミッション」(米・1986)は、罪を犯した男が、悔い改めるテーマで、大自然を舞台にオーボエのテーマが宗教音楽と民族音楽とまじりあい、壮大なサウンドを展開する。

 

デ・ニーロ演じる男の贖罪を求める姿が、神々しい音に迫られるようで、圧巻だ。
ローランド・ジョフィ監督は、作品に宿る魂と音楽は切り離せないと言う。
映像と音楽の、強い一体感を表現したのは、もはや監督と同等の、モリコーネだ。

2002年のトライベッカ映画祭でのロバート・デニーロ氏。後ろには第8代南アフリカ共和国大統領を務めたネルソン・マンデラ氏も見える
Robert De niro
photo by Nahoko Kimura
at Tribeca Film Festval,2002

ドキュメントで見るモリコーネの作曲する姿は、いかにも自然体。
子供のように、面白がっている。
すぐにアイディアが浮かんで、音符にする。
映画の撮影に入る前から、テーマを作ることも少なくない。
もし、監督から、1作品のなかに別の作曲家の曲がはいるとしたら、その仕事は断わる。
監督の世界観の一部ではなく、すべてとなることが必須条件なのだ。
結局、そのこだわりは、監督にすべて受け入れられるからこそ、いい作品が出来上がる。
これは、大事なポイントで、プライドではなく、作品としてのこだわりだ。

さて、切ないモリコーネ作品のもう1本と言われたら、私は迷いなく「海の上のピアニスト」をあげる。
豪華客船のなかで産み落とされ、1900(ナインティーンハンドレッド)と名付けられた少年が、船内で演奏を覚え、さまざまな客を前にダイナミックな演奏を聴かせるようになるが、船の中にしか彼の人生はないという切ない話。
ティム・ロスの演技もいいが、キャラクターを独特のものにしているのは、演奏する曲の魅力が大きいだろう。
モリコーネは、この船から降りられない男を自分に重ねたという。
そういう主人公の心情を理解するところが、映画ファンにふさわしい。

モリコーネは、映画音楽の作曲をテレビも合わせると1960年から初めて、500曲ぐらい提供してきたが、アメリカアカデミー賞を受賞したのは、私が上記にあげた3作でもなく、「ニュー・シネマ・パラダイス」でもなく、ほんの7年前。西部劇ファンのタランティーノ監督作「ヘイトフル・エイト」だったとは、ちょっと皮肉な気がする。

さて、本作、モリコーネドキュメントで最も興味深く描かれるのは、彼の心理的な部分で、長年抱き続けた、クラシック音楽家としてのコンプレックスだ。
アカデミックな音楽家にとって、映画音楽は下に見られる、どころか、モリコーネの師とするゴッフレド・ペトラッシには、なかなか認められなかった。
彼にとって、ペトラッシは父親に重ねられたのだろうか?
そんなに認められなくてはいけない人物だったのだろうか?
このあたりの心理的な葛藤は、見どころの一つになる。

本作では、多くのモリコーネを知る周辺の人々の言葉から彼の人物像を追っていく。

イタリア出身の音楽家、モリコーネは、西部劇の巨匠、セルジオ・レオーネ監督からの「荒野の用心棒」含め、ほとんどのウエスタン映画について、作曲の依頼を受け続けたが、当時は西部劇の中でもイタリアものは、B級テイストのジャンル。
だからこその魅力が、映画ファンにはあっても、クラシックの世界では、いずれにしてもポップな世界が、受け入れられる時代ではなかったのだろう。

ただ、モリコーネの音で感じさせるお茶目な資質、映像に対する想像力、哀切感を煽るようなドラマ性など、限りなく映画的な人物だったのではないかと思う。

多くの映画監督から、求められ続けた映画音楽の作曲家の魅力を考えるとき、こんなあり方をする音楽家にあらためて感銘を受けた。

最後に、このドキュメントを監督するのは、「海の上のピアニスト」「ニュー・シネマ・パラダイス」のジェゼッペ・ペルナトーレ監督でなければならなかった。

本作を鑑賞すれば、その理由がわかるだろう。

MOVIE Information

「モリコーネ 映画が恋した音楽家」(2021,伊)
※日本劇場公開日2023年1月13日
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
出演:エンニオ・モリコーネ、クリント・イーストウッド、クエンティン・タランティーノ、ウォン・カーウァイ、オリバー・ストーン、ハンス・ジマー、ジョン・ウィリアムズ 他
配給:ギャガ
原題:Ennio

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(1984,米)
監督:セルジオ・レオーネ
出演:ロバート・デニーロ、ジェームズ・ウッズ、エリザベス・マクガバン、ジョー・ペシ 他
配給:東宝東和
原題:Once Upon a Time in America

「荒野の用心棒」(1964年,伊)
監督:セルジオ・レオーネ、出演:クリント・イーストウッド、マリアンネ・コッホ、ジャン・マリア・ボロンテ、ヨゼフ・エッガー 他
配給:東和
原題:Per un Pugno di Dollari

「ミッション」(1986年,英)
監督:ローランド・ジョフィ
出演:ロバート・デニーロ、ジェレミー・アイアンズ、レイ・マカナリー、リーアム・ニーソン 他
配給:日本ヘラルド映画
原題:Mission

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

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