フルート記事 女性はいかにルッキズムを乗り越えるのか? 外見至上主義の価値感に挑む ウーマン・ホラーとは?
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木村奈保子の音のまにまに|第78号

女性はいかにルッキズムを乗り越えるのか? 外見至上主義の価値感に挑む ウーマン・ホラーとは?

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2025年のアカデミー賞候補で、作品賞、監督賞、脚本賞など5部門ノミネートされ、結局、メイクアップ&ヘアスタイリング賞のみの受賞となった映画「サブスタンス」が興味深い。

この映画が面白いのか、意義深いのか、素晴らしいのかというと、そうともいいがたいが、なんとも強烈な印象が残る。
私の感性でジャンル分けすると、本作はフェミ・ホラー・コメディ。

ワークアウトで美しく鍛えたアラフィフのヒロインが、TVで人気を得て華やかなポジションにいるものの、そろそろ、若手に切り替えたいという局の上層部の意向で、焦りから禁断の薬剤、“サブスタンス”に手を出すという展開。
さあ、“サブスタンス”なる若返りの薬とは、どんなものなのか?
完璧なボディ作りでどんなに頑張っても、社会は20代ぴちぴちの女性の肉体を必要とするのか?
男社会が生み出した、お色気志向のワークアウト番組でデビューしたヒロインが、命を懸けて立ち向かう先とは?

鼻の下を伸ばしながら、わかりやすく動く“おっさん社会”の中で、女性の若さは死活問題となる。
パリ生まれのミドルエイジ、女性監督によるフェミニズム思想が背景にあるという解釈はできるが演出はグログロのB級ホラータッチ。
しかも、“おっさん”のスケベ心が手に取るようにわかるお色気サービスカットも満載で、若干アホらしくもある。
インテリ志向の観客からしたら、なんでこんな映画がアカデミー賞にからむのかと思うかもしれない。

本作は、ひとえにデミ・ムーアが主演したことで大作扱いになり、アカデミー賞にまでノミネーションされたといえるだろう。
あの「ゴースト/NYの幻」(1990年、米)で、美しい泣き顔が話題になった美女である。
その後、世界的なアクションスター、ブルース・ウィリスとの結婚とともに、二人でセレブのトップ街道を走ったスター女優であることは知られている。
昨今は、離婚した元夫、ブルース・ウィリスの失語症や認知症を受けて、家族的な付き合いを続けているようだ。

ちなみに私は、彼女の作品の中では、リドリー・スコット監督の「G.I.ジェーン」(1997年、米)が最も好きな1本。
男性ヒーローに挑戦する刈り上げのマニッシュ・ヒロインが、女性映画の歴史を変えたと感慨深く思えたものだ。
舐めんなよ、ばりの気合と彼女の迫力ある言動は、“美貌”の価値感を変えたといっても過言ではない。

さて、話を戻すと、本作のどこがホラーなのかと言えば、後半から。
あのデミ・ムーアの、いまもたるみのない鍛錬された肉体の背中から、かつての“若い肉体”が背骨を押し破って、飛び出してくるという設定が度肝を抜く。
若き肉体役、マーガレット・クアリー(アンディ・マクダウェルの娘)がデミの背骨から登場するシーンが斬新だ。といっても、ホラーファンとしては、見慣れたアイデアでもあるが、ここからデミの肉体を駆使したホラークリーチャーがグロテスクな遊び心で雪だるま式にエスカレートするから見もの。
デミにそこまでやらせて、いいんかい?と叫びそうになるえぐいまでの過激さ。
メイクアップ&ヘアスタイリング賞を獲得したのは、そういうことだ。
実際は、還暦に入っているデミ・ムーアの気合の入れ方、グログロ・ホラーへの挑戦は圧巻だ。

フェミニズム的観点から見れば、男性目線社会においての女性の立ち位置について、問題意識を投げかけるテーマがあるとは思えるが、なにせ表現がコミカルなホラーなので、明るい、軽い。
いや、これみよがしな男のスケベ目線が仕事場でいかに、当たり前に、女性のキャリアをばかにしているのか、という見方をすれば、シリアスなテーマといえるかもしれない。

本作は一見、B級ホラーコメディ路線ながら、アカデミー賞にも多くノミネートされたし、なんと硬派作品が揃う格調高いカンヌ映画祭では“脚本賞”まで獲得しているから、かなり評価されたといえるだろう。

すべての女性を共感させるテーマだが、俳優などエンタテイナーの場合はより明確に、年齢による落差が出る。
若いときに美しければ美しいほど、年を重ねることによる変化は、受け入れられにくい。
若いうちから、早々と自分の美貌をつぶして別のキャラ作りに向かう美男俳優はいるが、女優ではより難しい。

デミ・ムーアやメグ・ライアンやキャメロン・ディアスは、メリル・ストリープやヘレン・ミレンとは異なる道を歩むのだから、早いうちに、制作側、裏方のプロデューサーや監督に乗り出せたら素敵なのだが……。

多様性、人種差別をうたうハリウッドでは、ルッキズム=外見至上主義の価値感は、昔に比べると相当変化したと言えるが、本作では、遅ればせながら、ルッキズムに縛られた女の苦悩が描かれ、興味深い。

MOVIE Information

「サブスタンス」2025年5月16日公開
2024年製作/142分/R15+/イギリス・フランス合作
[原題]The Substance
[監督]コラリー・ファルジャ
[出演]デミ・ムーア、マーガレット・クアリー、デニス・クエイド
[配給]ギャガ
[公式サイト]https://gaga.ne.jp/substance/

 
木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

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