フルート記事
THE FLUTE 151 Cover Story|János Bálint

ヤーノシュ・バーリント

10年ぶりに来日した、ハンガリー出身の奏者ヤーノシュ・バーリント氏。ハンガリー大使館で日本フルート界の重鎮を招いたコンサートが行なわれ、また翌日には山梨県でのコンサートを控えたタイミングで、インタビューに伺った。社会主義時代のさまざまな経験、自国出身の作曲家たちへの敬愛、師であるアンドラーシュ・アドリアン氏から受けた教えや、小林研一郎氏との出会い……。穏やかな語り口の中に、フルートや音楽そのものへの溢れる情熱を感じさせる。語り尽くせない思いを、行間から感じていただきたい。
通訳:横内絢/写真:土居政則/取材協力:パール楽器製造株式会社、在日ハンガリー大使館

才気溢れるハンガリーの音楽家たち

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明日は山梨公演ですね。プログラムにハンガリーの作曲家たちの曲を多く取り入れていらっしゃいますが、やはり母国の作曲家には格別の思い入れがありますか?
バーリント(以下B)
外国で演奏する時には、確かに特別な感覚があります。特に日本の人々は、ハンガリーの音楽に親近感を持ってくれているようなので、なおさらですね。日本以外の国で演奏する時に比べて、聴衆が何か“通じる”ものを感じているな、というのが伝わってくるのです。
今回のプログラムに入っている作曲家のうち、バルトークやコダーイに比べ、ドホナーニという人は知名度がいまひとつです。しかし、この3人はだいたい同じ時期に活動していました。バルトークは作曲と後進の教育に注力しましたが、ドホナーニはピアニストであり作曲家で、音楽院の学長でもあり、指導者であると同時に指揮者でもありました。多忙だったのですね。ですから、バルトークのようにじっくり作曲に取り組んだということがなかったのではないかと思います。
でも、とびぬけてマルチな才能があったのは、ドホナーニなのではないかと私は考えているのです。まるでモーツァルトのようにね! 彼は10代の頃、音楽院の1年生のときですが、偉い教授陣がずらっと座っている試験会場で「すべてのベートーヴェンのソナタ、32曲を用意してきました。どれでもOKです。どれがよろしいですか?」「え、じゃあ……ニ長調あたりをやってもらおうか」「オリジナルはニ長調ですが、何調でも弾けますよ。何調がよろしいでしょうか?」そんなやりとりをしていたそうです。また、戦後の混乱期に状態の悪い半音狂ったピアノで、リストのピアノ協奏曲変ホ長調をその場で移調して演奏したという逸話も残っています。明日はドホナーニの『アリア』を演奏しますが、そんな彼の人物像を知ってから聴くと、より音楽が楽しめるでしょう。日本ではあまり知られていませんが、ぜひ注目してほしい作曲家です。
ヤーノシュ・バーリント
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日本のフルート愛好家がハンガリーの作曲家で真っ先に思い浮かべるのは、ドップラーではないかと思います。『ハンガリー田園幻想曲』は日本人にはとてもなじみ深く、この曲のファンも多いです。ハンガリーの人たちの間では、どうですか?
B
ハンガリー人にとっても、この曲はマスターピースになってきています。もっとも、それはこの20〜30年ほどの間のことで、ほんの最近ですね。その前は、ほとんど知られていませんでした。私の推測ですが、アンドラーシュ・アドリアンが最初にこの曲を発掘して、演奏したのではないかと思います。
バルトークやコダーイに比べたら、フランツ・ドップラーの音楽にはそこまで民族的な色がありません。ただ、聞こえてくる音の感じにはやはり、ハンガリーっぽいところがあるなあと感じます。ドップラーには、まだまだたくさん出版されていない楽曲もあります。近い将来、私がそれらを出版して日の目を見せてあげたいな、などと考えてもいます。(次のページに続く)

次のページの項目
・真摯に向き合った音楽、アドリアン氏との出会い
・“ハンガリーで一番有名”な日本人マエストロ
・ONLINE限定:実は温泉大国(?!)のハンガリー
・ONLINE限定:郷土の偉大な作曲家たち

 

Profile
ヤーノシュ・バーリント
ヤーノシュ・バーリント
János Bálint
1961年ハンガリー生まれ。ブダペストのフランツ・リスト音楽院卒業後、84年のアンコーナ(イタリア)をはじめライプツィヒ等の国際コンクールに入選。81〜91年にはハンガリー放送交響楽団の首席奏者を務める。86年よりシフラ財団のソリストとして国際的なキャリアを広げ、ヨーロッパの主要都市、イスラエル、アメリカにも招かれる。90年からセゲド音楽院、94年からロヴィゴ音楽院、96年からはリスト音楽院でも教授を務めた。元ハンガリー国立交響楽団首席奏者、現在ドイツ国立デトモルト音楽大学教授。
使用楽器:パールマエスタ 14K金製(頭部管18K金製)
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