フルート記事
THE FLUTE 156号 Cover Story

いつも「なぜ?」を考えることから音楽が始まる ディーター・フルーリー 

ウィーン・フィルで首席奏者として35年間にわたり、活躍してきたディーター・フルーリー氏。定年による退団を間近に控え、このたび最後となる日本ツアーで来日した。ズービン・メータ、小澤征爾、カラヤンといった指揮者たちとともに活動してきた往時を振り返り、また長い間に変化してきた聴衆、団員、音楽環境などについても思うところを語ってくれた。奏者としてのみならず、楽団のアーティスティック・ディレクターやゼネラル・マネージャーといった役目も果たしてきたこと、“グローバル化”の洗礼を受けながら育ってきた後進に向けてのメッセージ……音楽の枠にとどまらないその言葉は、さまざまな人の心に響くに違いない。
インタビュア:中田裕文/写真:橋本タカキ
取材協力:ヤマハ(株)、(株)ヤマハミュージックジャパン

世界が狭くなってきている

ディーター・フルーリー
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今回はズービン・メータ氏の指揮によるウィーン・フィルと一緒に来日されたのですね。ウィーン・フィルはメータ氏とは長く一緒に活動されていますが、彼の指揮で演奏されてきたことをどのように感じますか?
D
私がウィーン・フィルに入団した最初の年から退団する最後の年まで、つまり40年以上経験した中で、彼ほどの指揮者はあまり多くはいません。私が新人として入団した時から彼はすでにそこにいました。そして今、私にとっては最後になるウィーン・フィルの日本ツアーでご一緒できるのは、本当に特別なことだと思います。
彼は若い音楽家に対してとてもオープンで、入団当時、オーケストラ初心者の私のことをよく助けてくれました。そして深く、また明瞭な指揮技術を持っていました。今、私にとって最後の時期にあらためてこの40年を振り返ってみると、そんなオープンマインドのおかげで私たちの関係はとても深いものになったと感じます。
今回は小澤征爾氏との演奏もありましたが、その時もメータ氏が彼を手厚くサポートしているのを感じましたね。この二人の指揮者が、長い間いかにお互いに親密な芸術家同士の友情で結ばれていたかということだと思います。
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メータ氏とは、ずいぶん長いおつきあいなのですね。
D
ええ、2011年の6月に彼のデビュー50周年を一緒に祝いました。こんなに長く一つのオーケストラと一緒に演奏を続けるというのはとても珍しいことです。
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今年はサントリーホールの30周年記念で、たくさんの素晴らしいコンサートがありますが、ウィーン・フィルも何度もこのホールで演奏されましたね。
D
そうですね。サントリーホールでのウィーン・フィルハーモニー週間は、恒例になっていました。単に演奏依頼を受けるというだけでなく、サントリーホールは日本において私たちのパートナーなのです。
サントリーの会長である佐治信忠氏は若い音楽家や文化に大変興味を持っていて、カラヤンとも旧知の仲です。カラヤンもウィーン・フィルにとってとても大切な指揮者の一人ですし、私もその大事な流れの一員としていられたのは、誇らしくもありますね。(次のページに続く)

次のページの項目
・演奏家という枠を超えて
・フルートを持たずにイメージすること

Profile
ディーター・フルーリー
ディーター・フルーリー
Dieter Flury
チューリッヒ生まれ。チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の首席フルート奏者ハンス・マイヤー、チューリッヒ音楽大学のアンドレ・ジョネ、さらにオーレル・ニコレらに師事。その才能はフルートに留まらず、チューリッヒでは1972~76年の間にテクニカル・カレッジで数学を勉強した経験を持つ。音楽と数学の専門知識を融合させて、「Axiomatic Theory of Tones」(公理的音階理論)と呼ばれる音楽理論の数学的基礎に関する論文も著している。25歳の時、ウィーン国立歌劇場管弦楽団に入団し、81年からウィーン・フィルハーモニー管弦楽団でソロ奏者を務め、同年ウィーン・フィル首席フルート奏者に指名された。2005年より同管弦楽団のゼネラルマネジャー。指導者としても定評があり、ウィーン音楽大学やウィーン音楽院での指導を歴任、1996年からはオーストリアのグラーツ音楽・表現芸術大学で教授を務める。
使用楽器は、YFL-977CH。
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