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Cover Story 北村英治

The Clarinet vol.70

日本のジャズクラリネット界の“生きる伝説”とも呼ばれ、今年4月8日に90歳を迎えた北村英治氏。クラリネットと出会ってからすでに70年以上が経っているが、その探究心は現在も尽きることがない。ジャズクラリネット界のレジェンド、ベニー・グッドマンやバディ・デフランコと親交を深め、モンタレージャズフェスティバルには10年以上出演。アメリカのジャズ評論家から「ジャズクラリネット界の沈黙を救った男」と評されるなど、その功績は世界が認めている。そして音楽家としての活動はもちろん、コメンテーターや料理研究家(!?)としてもテレビ・ラジオなどで活躍された同氏のクラリネット人生、ジャズ人生に迫った。
取材協力:JAZZCOCK、インタビュア:熊倉未佐子(クラリネット奏者)、辻本美博(クラリネット奏者)

 

ほうきの柄で運指の練習をした

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熊倉未佐子(以下、熊倉):今日は北村さんにいろいろとお聞きしたいと思います。では、さっそくですが、最初に始めた楽器はなんですか?

北村英治(以下、北村):親父が外国に行ったとき子どもたちがピアノを上手に弾いているのを見て、ウチの兄弟9人全員が5歳になったときピアノを始めさせられた。これが最初だね。

熊倉:クラリネットと出会ったのはいつですか?

北村:戦争中(第二次世界大戦)のある日、
兄貴がどこかからベニー・グッドマンの『Don't Be That Way』のレコードをもらってきて、それを聴いたら、こんな音楽があるんだなとビックリしちゃってね。でも、おふくろに「今アメリカと戦争しているのにこんなものを聴いていると憲兵に連れていかれるよ」と言われたから、手回し式の蓄音機を使って押し入れに入って聴いてた。絵葉書でしか見たことがないニューヨークの摩天楼とか、自由の女神がパッと頭に浮かんでくるんだよね。

熊倉:いつからクラリネットを始められたのですか?

北村:終戦後、友だちが学校にクラリネットを持ってきてね。17歳のときかな。それでクラスメイトみんながその楽器を借りて吹くんだけど誰も音が出ないんだよ。ちょうど僕のところにきたときはリードがいい感じに湿っていて、吹いたら“ポー”と音が出て、みんなから「天才だ」と言われて。ピアノをやっていたからなんとなくわかってきて、指を動かしたらいろんな音が出せて、それでクラリネットをやりたくなっちゃった。

辻本美博(以下、辻本) :そのエピソードは他の本で読んだことがあるんですけど、めちゃめちゃ好きです!

>>次のページに続く
・ベニー・グッドマンとバディ・デフランコ
・自作のリガチャーを使用




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