THE FLUTEオンライン記事:パリで学ぶ若き留学生に聞く、現地リレーインタビュー|第2回
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パリで学ぶ若き留学生に聞く、現地リレーインタビュー vol.2

インタビュー連載記事|第2回 菅野芽生

フルートの留学生が特に多い都市と言えばパリが挙がるだろう。その理由は明確だ。フランス音楽を語るに欠かせない、ドビュッシー、ラヴェル、フォーレなどの作曲家、そしてフルーティストではランパル、エマニュエル・パユ、などキリのないほどの音楽家たちがこの地にあるパリ国立音楽院で学んだ。こうした音楽家たちに憧れパリに留学する学生は、この地でどんなことを感じ学んでいるのだろうか。
この連載ではこうした学生たちの話を現地で聞く。
第2回目はエコール・ノルマル音楽院とリュエイユ・マルメゾン地方音楽院の2校に通う菅野芽生さんに話を訊く。

 

菅野芽生PHOTO BY Osamu Kumasegawa
――
菅野さんとは初めてお会いします。よろしくお願いします。
まずパリに留学したきっかけを教えてください。
菅野
私の最初の先生が飯島和久先生でした。飯島先生はフランスに留学していた方なので、習い始めた頃から留学中の話を聞いていていました。その後は工藤重典先生にも習っていたので、フランスの演奏スタイルや国自体を身近に感じていて、「私もいつかはフランスに留学するのだろう」と思っていたのです。
――
パリに来た最初の印象は覚えていますか?
菅野
夏に来たのですが、その年は冷夏だったようで気温は10度くらいしかありませんでした。天気も悪かったので、最初のパリの印象は暗い、そして寒い、そして来て一人ぼっち。1週間くらいはあまり良い印象ではありませんでしたね……。
――
生活面で困ったことはありますか?
菅野
周りの友人と比べると実はあまりないです。コンビニもありませんし、日曜日に開いているお店も少ないですけど、それは日本にいた時からわかっていたことで、あまり不便を感じていませんね。
ただ、住む家のことでは問題がありました。当初住んでいた家は最初何も問題がなく日中部屋に練習ができていました。隣の部屋に誰もいなかったんです。しかしその後、在宅勤務の方が隣の部屋に引っ越して来てしまったのです。練習していたら部屋のチャイムを鳴らして、その日は「頭が痛いのでちょっと練習を控えてほしい」と言われ、次からは自分のポストにその方から手紙が入っていて、「一日1時間までなら練習して良い」ということでした。しかしこちらも音楽学生できちんと練習したいので直接話しに行き、一日2時間までにしてもらえたのですが、それでもやっぱり難しくて、仕方なく引っ越すことにしました。
――
パリの物件は楽器可専用のマンションがあるわけでありませんし、建物によっては隣の部屋との壁がとても薄い物件もあります。こうした問題を抱えている人は多いですよね。
菅野
日本ではそうした物件を建ててしまうくらいですからね。そう考えると日本はすごいなと思います。幸い今の部屋は周りの住民は平日の日中外出しているので、問題なく練習できています。
――
それは良かったですね! パリで勉強してよかったことは何ですか?
菅野
いろいろありますが、一流のオーケストラの演奏を、安い料金で気軽に聴けることです。
こちらのオーケストラの演奏する曲のプログラミングがとても興味深いんです。例えば1回のコンサートで演奏する曲の関連性もきちんと考えられている。日本ではまずやらないような、あまり知られていない曲も普通に演奏されていますしね。現代曲を演奏しても好んで聴きに来るお客さんもいます。日本ではどうしても聴衆に好まれる有名な曲だけしか演奏しない傾向があります。
――
日本とはお客さんの傾向も少し違いますよね。年齢関係なく様々な人が集まりますし、オーケストラのコンサートは常に満員です。こちらでは芸術に触れる環境が身近にあります。
菅野
先日美術展に行った時のことなのですが、私が一枚の写実的な絵を見ていたら、隣に小学生低学年くらいの女の子とそのお母さんがいて、その女の子がお母さんに「この絵はルネサンス風だね!」と言っていたのです! とても驚きましたよ、まだ幼い女の子の口からそんな言葉が出るなんて。もちろん家庭にもよると思いますが、やはり芸術に触れる環境が近くにある国の子どもは違うなと感じましたね。
クラシックのコンサートに行く、美術館に行くというような芸術に触れることは、こちらでは何も特別なことではないのでしょう。こちらの人は小さい頃からこうして芸術に触れているので、興味の幅も自然と広がっているのだと思います。「これは良い、これはダメ」と決めつけられているのではなく、「こういうのもあるよ」という提案をされる機会が子どものころからたくさんがあるんじゃないかなと思います。
――
芸術に小さい頃から触れていれば、音楽のつくりかたも変わって来ますよね。フルートのことで悩むことや壁に当たることはありますか?
菅野
はい、もうちろんあります。一度大きい壁は音についてでした。自分が吹いて耳元で聴いている音と、遠くで聴衆が聴く音の違いのことでとても悩みましたね。自分で吹いていて、自分の耳が綺麗だと思っていても、必ずしもそのまま聴いている人に届くのでないということを、実感することに悩みました。結論は吹き方の問題ではなく耳の問題で、耳の判断を変えないと、音も変わらないことに気づきました。ですから自分の先生の音をよく聴くようにしたら、やっと耳がわかって、先生にもわかってもらえました。
菅野芽生
――
日本とフランスの教え方の違いは感じますか?
菅野
私が思うに、フランスの先生は口で説明するよりも自ら吹いて生徒に示している気がします。それから技術を先に教えるより音楽を先に教えています。速いパッセージができない、技術的にできていないといったことは置いておいて、まず先に音楽的に表現をしているか、この曲はどういう音楽なのかを教えている気がします。
――
演奏活動している先生が多いですよね。
菅野
確かにそうですね。現役で演奏をしている人が多いです。ですから先生が演奏する姿も見に行くことができ、レッスンで言っていたことを間近で感じることができます。
――
どんな演奏を目標としていますか?
菅野
生き生きしたと音楽ができるようになりたいと思っています。こちらのコンサートで聴く演奏はみんな色彩感や立体感があって生き生きとしている。ですから聴いていると惹きつけられます。私もそんな演奏ができるようになりたいと思っています。
――
菅野さん自身の性格も生き生きとしている(笑)?
菅野
うーん、そうした演奏ができるようになるには性格を変えるか、人格をもうひとつ増やすか……(笑)。私の性格はまったくアクティヴでアグレッシブではありません。日常生活から変えられるかわかりませんが、ステージに立つときだけでも、人格が変われば良いなと思っています。自分の性格も変えたい。これもパリに来た理由のひとつです。
日本にいたころの自分は、「こうしてはいけないから」という考えから音楽を作っていました。今もまだ完全に変われたわけではありませんが、そうではなく「こうしたい、これやってみよう」という前向きな方から音楽を作りたい。まず枠をつくって中を創るではなく、中から創る。
もう少し具体的に言うと積極的な演奏ですかね。まだ私は悪い意味で良い子ちゃんで吹いているのです。そうではなくて自分の殻を破りたいです。
――
パリで好きな場所はありますか?
菅野
いっぱいありますね。エッフェル塔が綺麗に見えるメトロのパッシーからビラケムにつながる橋や、サンミシッェルのごちゃごちゃしている感じも好きですし、私の住んでいる下町っぽいモンマルトルの丘も好きです。
前のマンションでは日曜日に練習できなかったので、どこか適当なメトロの駅まで行き、その街の教会のコンサートを聴いて、そこから歩いて家まで帰るというのをやっていました。パリの地理も覚えられるし、演奏も聴くことができて楽しかったですね。これもパリならではのことです。
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素敵ですね! 日本ではできない、本当にパリならではの過ごし方です。
菅野
今日はどうもありがとうございました。

インタビュー 川上葉月

菅野芽生
10歳よりフルートを始める。上野学園大学演奏家コース卒業。これまでに飯島文子、飯島和久、三上明子各氏に師事。2008年第13回びわ湖国際音楽コンクールアドヴァンス部門第1位。2012年第2回三田ユネスコフルートコンクール第3位(1位なし)、同年第8回仙台フルートコンクール一般の部第2位。サイトウ・キネン・フェスティバル松本にて小澤征爾音楽塾オーケストラのメンバーとして『子どものだめの音楽会』、『青少年のためのオペラ』に出演。2013年秋より渡仏、エコール・ノルマル音楽院コンサーティスト課程、リュエイユ・マルメゾン地方音楽院在学中。現在フルートを工藤重典、工藤雅子、P.ピエルロ各氏に、ピッコロをV.アルビニ氏に師事。S.シェリエ、P.ベルノルド各氏のマスタークラスを受講。

 


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