クラリネット記事 フローラン・エオー インタビュー 〜愛弟子から見た、ミシェル・アリニョンの肖像〜
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ミシェル・アリニョン追悼 ~In memory of Michel Arrignon

フローラン・エオー インタビュー 〜愛弟子から見た、ミシェル・アリニョンの肖像〜

15年もの間、アリニョン氏のもとで学び、40年以上の月日をともに歩んだ愛弟子であるフローラン・エオー氏。アリニョン氏は生前、エオー氏を「後継者」と語っていたという。そんなエオー氏が今回、演奏家として、最も近くで見てきたアリニョン氏の素顔と功績について語ってくれた。
また、本インタビューの最後には、アリニョン氏のご息女である、カミーユ・アリニョン氏の特別寄稿メッセージも掲載している。

協力:ビュッフェ・クランポン・ジャパン

すべての人の記憶に残る演奏

アリニョンさんとは本当に多くの思い出があると思いますが、その中でも特に印象深い思い出はなんでしょうか?
H
私が子どものころの思い出ですが、レッスンに行くと彼はまず握手をするんですね。これは彼の人柄をよく表していると思うんです。日本ではあまりしないかもしれませんが、コロナ以前のフランスではごく普通のことでした。そしていつも印象的だったのがレッスンが終わった後の彼の「まなざし」でした。彼を知っている人はみんな、その目のことを覚えていると思います。私がドアを閉めて帰るとき、彼はじっとこちらを見つめるんです。本当に強くて、鋭い眼差しで。その視線を受けると、私は自然と「もっとクラリネットを練習しなきゃ」という気持ちになりました。彼はそういったエネルギーのようなものを他者に与えられる人だったんです。
他にも、たとえばクロンマーの協奏曲を一緒に演奏したことや、日本のビュッフェ・クランポン50周年記念公演に出演したことも忘れられません。本当に素晴らしい思い出です。彼と一緒に音楽を分かち合い、共に演奏し、共に仕事ができたということ自体が、特別な経験でした。私は彼と45年という長い時間を過ごしてきたので、思い出は数えきれないほどあります。
モーツァルトの協奏曲の思い出も強く残っています。彼はフランスのアカデミー(短期開催の音楽講習会)で、モーツァルトの協奏曲を何度か演奏していましたが、私がアカデミーの仲間たちの前で彼の名を挙げるたびに、仲間たちは決まってこう言うんです。「ああ、フレーヌ(フランス・アルプスの町)で演奏したモーツァルト協奏曲の第2楽章だよね」と。それくらい、彼の演奏は人々の記憶に強く刻まれていました。彼の音楽性は、聴いたすべての人の中に、確かな「記憶」として残っているんです。
 
 

気づけば周囲の世界を変えていた

アリニョンさんからたくさんのことを学ばれた中で、心に残っている“教え”はありますか?
H
一つ挙げるなら、私がちょうどコンクールの準備をしていたころに受けた、モーツァルトの協奏曲のレッスンですね。自分の中に深く刻まれた記憶なので、人に伝えるのは難しいですが、忘れられない教えです。
彼はいつも静かに、自然な形で革新をつづけていた人でした。決して大げさに「変えるぞ」と主張するタイプではなく、でも常に物事を前に進めていて、気づけば周囲の世界を変えていた。そういう存在だったことは、とても印象に残っています。

私がパリ音楽院で彼のアシスタントをしていた数年間も、多くのことを学びました。彼は本当に学生たちに情熱を注いでいました。まさに “教育そのもの” に向けた情熱です。私たちはよく電話で連絡を取り合って、学生のことを話していました。「あの学生についてどう思う? 今どう成長している? これからどうしていこうか?」そんな会話をいつもしていたんです。つまり彼にとって教育というのは、単なる仕事ではなく、とても深い意味を持つものだったんです。彼には、教育に対する本当の “愛” がありました。これはすべての音楽家が持っているものではありません。本当に、人を成長させたいという気持ちが強かったと思いますし、何より人間的な側面をとても大切にしていました。教育というのは結局のところ、人と人との関係ですよね。その関係性そのものが、とても美しいものだと私は思います。少し前に、レナード・バーンスタインのインタビュー記事を見たのですが、彼は「教育こそがもっとも高貴でもっとも崇高な行為だ」と語っていました。もちろん、コンサートで感情を共有することも素晴らしい。でも教育というのは、社会の中に深く根づき、自分自身を超えて未来へとつづいていくものだと。まさにその通りだと思います。

もう一つ、とても印象的なエピソードがあります。ミシェルが亡くなった3月、リール管弦楽団の首席クラリネット奏者であるクリスチャン・ゴサールが、すぐに私に電話をかけてきたんです。彼は大きなショックを受けてこう言いました。「一日のレッスンの中で、彼のことを思い出さない日はない。必ず彼の言葉を引用するし、学生たちにも彼の話をするよ」と——。私もまったく同じです。最近、キューバでモーツァルトの五重奏曲を演奏したのですが、あるフレーズを吹くたびに、彼の言葉を思い出します。
人はよく、「本当の師というのは、一生教えつづけ、亡くなったあとも教えつづける」と言いますが、それは本当に正しく、美しい表現だと思います。彼は今でも、すべての教え子たちにとっての “先生” でありつづけているんです。私たちは彼のことを思い出しながら、もちろんそれぞれに進化しつづけています。彼の教えにとらわれるのではなく、でも常にそこに “基準” として彼がいるんです。

そして彼はとてもオープンマインドな人でもありました。たとえば、彼が最初に「レ・ボン・ベック」(エオー氏が演じる音楽劇)の公演を見たとき。それは決して彼の好みのスタイルではなかったと思いますが、彼はすぐにその価値を理解しました。その舞台に込められた仕事の量や、表現の広がりをきちんと見抜いたんです。もちろん、彼自身は舞台で踊るタイプではありませんでしたが(笑)。伝統の中にいながら、同時に新しいものを受け入れ、進化し、革新することができる人でした。伝統に深く根ざしながら、決して自分を見失わずに前へ進む。そのバランスを、彼は本当に見事に体現していたと思います。

とにかくミシェルと出会った人たちは皆、彼の人柄に本当に強い印象を受けていました。彼に会ったことのある人なら、誰もがその存在感に圧倒された。そんな魅力的を持った人だったと思います。
 
 
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