フルート記事
THE FLUTE vol.177 Cover Story

日本のクラシック界に、元気をデリバリー 柴田俊幸

フェイスシールドを垂らしたお遍路笠を被り、トラヴェルソを手に古楽のコンサートを“デリバリー”する─コロナ禍で様々な音楽活動が中止になる中、そんなフルーティストをTVやネットニュースなどで見かけた人も多かったのではないだろうか。NHKのニュース番組からスポーツ新聞の1面まで、また、コロナ禍の日本での音楽活動として、サントリーホールの動画配信事業と一緒にイギリスメディアで紹介されるなど、国内外のメディアに取り上げられた。一方、故郷の高松に立ち上げた「たかまつ国際古楽祭」は、今年4月「せとうち国際古楽祭2020」としてパワーアップするはずが、開催中止に追い込まれる。さらに、在住しているベルギーからの一時帰国が、気づけば渡航不可能になり思いがけず日本で長期間を過ごすことに……。
しかし、転んでもタダでは起きない彼が始めたのが、デリバリー古楽。フルート界、そして音楽界をも超えて注目を浴びた旬の人は、片時も立ち止まってはいないのだ。

写真:たかまつ国際古楽祭
撮影協力:KITAHAMA W、香川県県民ホール、香川県庁

 

“誰も来ない”ことを願ってホールに立った

「たかまつ国際古楽祭」立ち上げから4年、いよいよ今年から「せとうち国際古楽祭」になるというタイミングで、コロナ騒動が起こってしまいました。
柴田
メンバーを一新して、名実ともに新たな古楽祭を準備していました。実行委員会形式で、たくさんのボランティアの方の力を借りて進めていたので、中止になった時に大変申し訳なく感じました。今回は2ヶ月前の段階で通し券が完売していて、これまで以上に注目を浴びているのを感じていましたから、その分中止になったときの関係者のショックたるや……という感じでした。ゴールが見えてきそうになったところで、急にゴールポストがなくなってしまったという状態で、辛かったです。 僕自身、企画する側として初めての事態でしたから、出演する音楽家としての立場とはまったく違った思いを味わいました。演奏家としてだったら、中止を告げられてそれを残念な思いで受け止めるということでしかなかったと思いますが、企画者であり芸術監督という立場でもあるので、そもそも中止にすること自体を決断しなければならない。中止決定後の膨大な後処理という仕事もありました。精神的にいちばん参ったのは、そこでしたね。
古楽祭が予定されていた4月は、数日後でさえどうなっているかがまったく読めない時期に突入していましたから、どんな決断を下すのがベストなのか、悩んでも悩み足りない状況だったでしょう。
柴田
まさにそうでした。出演をお願いしていた友人たちにも申し訳なくて……ピアノ界の巨匠アンドラーシュ・シフのコンサートがちょうど同じ時期にあったのですが、彼の東京、大阪公演は中止せずにやっていましたから、こちらもまだいけるだろうと最初は踏んでいたんですよね。今となっては中止は英断だったとも言われますが、決めたときは本当に迷いに迷って、なかなか踏み切れずにいたのが正直なところです。東京と違って香川はそれほど感染者数が多かったわけでもないし、このまま突破できるんじゃないか……という思いがありましたし、実際そう言われたこともありました。反面、中止の決定が遅い、人命がかかっているんだからもっと早い判断が必要だったのでは、という声もあって、関わる人全員に納得してもらうことの難しさを思い知らされました。
開催予定日だった当日、ホールの前でずっと立っているご自身の姿をSNSで発信していましたね。
柴田
あれは、あまり知られていませんが、公演が中止になった時、興行主の多くが行なっていることなんです。当日お客さんが来ないことではじめて、中止した公演がうまく収まったといえるわけです。あらゆる手段でアナウンスして、当日誰も来なかったら、それでやっとひと安心できる。今回はコロナ禍の真っ只中ということもあり、そこまでしなくてもいいのでは、とも言われましたが、せめてもの責任だと思って立ちました。結局、来場者は一人もいなくて、心底ホッとしました。
今回のことであらためて感じたのは、演奏会という場は演奏家の力だけでできているんじゃないということ。今後、演奏家の立場で公演に携わるときにも、その一つひとつを今まで以上に大切にしていきたいなと思った出来事でした。

次のページの項目
・お遍路笠の笛吹き、現る
・デリバリーで「古楽が先祖返り」

Profile
柴田俊幸
Toshiyuki Shibata
香川県立高松高校卒業。大阪大学外国語学部中退。ニューヨーク州立大学卒業。奨学金を得てシドニー大学大学院音楽学部研究生、ベルギー政府より奨学金を得てアントワープ王立音楽院修士課程、ゲント王立音楽院上級修士課程を修了。これまでにフルート奏者としてブリュッセル・フィルハーモニック、ベルギー室内管弦楽団、古楽器奏者としてラ・プティット・バンド、イル・フォンダメント、ヴォクス・ルミニス、ル・コンセール・ロラン、そのほかの古楽アンサンブルに参加し、欧州各地で演奏活動を行なう。2019年には、B’Rockオーケストラの日本ツアーにソリストとして参加。2019年発売の「C.P.E.バッハのフルートソナタ集」はレコード芸術19.11月号にて海外盤CD今月の特選盤に選出された。全米フルート協会国際連絡委員を2014~17年に務め、アントワープの王立音楽院図書館・フランダース音楽研究所の研究員として時代考証演奏法の研究、現在は18~19世紀のフランダースの作品の発掘、楽譜の校正と出版に携わる。2017年より「たかまつ国際古楽音楽祭」の総合プロデューサー、芸術監督を務める。ライターとして『音楽の友』『パイパーズ』『THE FLUTE』Webマガジン『ONTOMO』などに寄稿。趣味は讃岐うどん作り。

 

CD information

オランダの老舗レーベル「Et'cetera」からリリースされた、C.P.E.バッハのフルート・ソナタ集。
1725年頃にブッファルダンにより製作されたトラヴェルソのコピーで演奏している。

フルート・ソナタ集
フルート・ソナタ集

C.P.E.バッハ:フルート・ソナタ集
[曲目]ソナタ ト長調 Wq.123, H.550/ソナタ ホ短調 Wq.124, H.551/ラ・ガブリエルWq.117/35, H.97/ソナタ 変ロ長調 Wq.125, H.552/鍵盤楽器のためのソナタ ト短調 Wq.65/27 H.68/ソナタ イ短調 Wq.128, H.555/ラ・カロリーヌ Wq.117/39, H.98/ソナタ ニ長調 Wq.131, H.561
[演奏]柴田俊幸(フラウト・トラヴェルソ)、バルト・ナーセンス(チェンバロ)

 
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