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【第6回】ふたたび、「あふれる光と愛の泉」

【連載】THE FLUTE ONLINE vol.174掲載

ジャン・ピエールとその父ジョゼフ、ランパル親子に学び、オーケストラ奏者を歴任、その後パリ音楽院教授を務め、日本のフルートシーンに大きな影響と変化をもたらしたフルーティスト、アラン・マリオン氏。1998年、59歳で急逝してから20年が経った。当時、氏の来日の度に通訳を務めた齊藤佐智江さんは、氏へのインタビューと思い出を綴った「あふれる光と愛の泉」(アルソ出版刊)を翌1999年に上梓した。パリ留学時代の氏との出会い、マリオン氏の通訳を務めることになったこと、傍らで聞いた氏のユーモア、珠玉の言葉、感動的ともいえるエピソードの数々……。それをいつか本にまとめたいと1998年5月に始めたインタビューは、期せずして、氏がパリ音楽院の教授に指名されたところで終わってしまった。
今ふたたび、「あふれる光と愛の泉」をもとに、マリオン氏と共に音楽を人生を享受した様々な音楽家、そして強い意志を持って音楽家の人生を生き抜いたマリオン氏をここに紹介したい。

 

齊藤佐智江
武蔵野音楽大学卒業後、ベルサイユ音楽院とパリ・エコール・ノルマル音楽院にて室内楽とフルートを学ぶ。マリオン・マスタークラスIN JAPANをきっかけにマスタークラス、インタビューでの通訳、翻訳を始める。「ブーケ・デ・トン」として室内楽の活動を続けている。黒田育子、野口龍、故齋藤賀雄、播博、クリスチャン・ラルデ、ジャック・カスタニエ、イダ・リベラの各氏に師事。現在、東京藝術大学グローバルサポートセンター特任准教授。

~アラン・マリオンをめぐるフレンチフルートの系譜~
クリスチャンヌ・マリオン もう一つのまなざし

アランマリオンアラン・マリオン

今回は、マリオン氏の古くからの友人であるベルナール・デュプレックス氏(サックス奏者、フルート奏者、ルイ・ロットをはじめとする楽器の収集家でもある)が、マリオン氏急逝の直後に出版されたフランスのフルート協会誌La Traversière のために行なった、奥様のクリスチャンヌへのインタビューから抜粋した。マリオン氏の人生を傍らで一緒に生き、一緒に見つめた「もう一つのまなざし」である。

インタビュア:ベルナール・デュプレックス (サクソフォン奏者、フルート奏者)

出会い

アヴィニョンからパリに上京したのは1961年のことでした。アヴィニョン音楽院での弟の仲間たちとパリ郊外のアニエールに一軒家を借りたのですが、私が唯一の女性でした。私が家を取り仕切り、炊事を引き受けていたのです。彼らはペタンク(ボール投げの遊び)をして誰が皿洗いをするかを決めて……それはとんでもなくふざけてたけど、とても楽しい共同生活をこうして何年もの間続けていました。 その中には、クラリネットのミッシェル・ポルタル、オーボエのモーリス・ブルグもいて、ある日、彼らの友だちがデュオをしに来ました。それがフルーティスト、アラン・マリオンでした。彼の第一印象?よくわからないわ(笑)……でも、なんだか面白そうな人だなとは思いましたね。彼は“何か”持っている人だと思ったし、音楽の世界がすでに彼の中にはあって……。それから2年後、私たちは結婚しました。十分お互いを知る時間を持つことはできたと思います。それから私たちの娘ローランスが生まれたんです……。

(次のページへ続く)
・フルーティストとしてのマリオン
・教育について
・マスタークラス

・パリ音楽院の教授に

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